「九条の会・わかやま」 18号を発行(2006年12月30日)

 18号の1面は、呼びかけ人月山桂さんの戦争体験「戦争とはかくも虚しきもの」連載第1回、新憲法との出会いから書き起こして時代状況と月山さんの素直な気持ちが伝わります。街頭ラジオで東京裁判判決を聞く場面にひきこまれる。そして「九条噺」。2面は、山田邦子さんも参加した東京の「戦争への道を許さない!歌い語る女たちの集い」、和歌山みなべ「町民過半数署名」。そして「九条の会憲法セミナー講演要旨A澤地久枝さん」です。
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[本文から]

呼びかけ人 月山 桂氏 (弁護士)が戦争体験を寄稿
戦争とはかくも虚しきもの

    「九条の会・わかやま」を離れることはない――と発言し、日ごろから積極的に「九条の会・わかやま」の運動に心を砕いておられる月山桂弁護士が本年の締めくくりに、自らの貴重な戦争体験を寄稿してくれました。連載でご紹介します。
 戦災で灰燼に帰した我が家の後片づけを終え、世田谷の親戚に仮下宿して司法試験に備えたのが昭和21年6、7月頃であった。司法試験での憲法は、新旧どちらでもよいというので、私は新憲法を選択した。準備の出来ていない私には、資料といえば帝国議会での草案説明の新聞報道しかない新憲法の方が組みし易かった。裏表ぎっしり印刷された新聞紙を大切に保管し、これに赤線青線を引いた記憶がある。内容はほとんど記憶していない。新憲法の三原則のうち、平和主義に出た「戦争放棄」の9条については、いささかの違和感もなく理解できた。一つには、無謀な戦いをした当然の帰結であるポツダム宣言の受諾、無条件降伏に伴う軍の解体、占領軍が進駐してくる前に一刻も早く兵隊を復員帰郷させる、軍用物資全てを進駐軍に対し滞りなく引渡しする、そういった終戦業務に携わってきた部隊の主計将校として「陸・海・空軍は持たない」とか「交戦権は一切認めない」ということは、やってきた終戦処理業務の延長線上のもの、いわばそのまとめであった。
 それにもまして満州の陸軍経理学校の卒業のとき校門まで見送って「手を揮って茲より去れば、粛々として班馬鳴く」李白の詩の想いで別れた戦友の多くが未だシベリアから帰れないでいる。戦争とは、何と悲惨な、何と虚しいものか。そんな思いでいた私は、戦争放棄の九条の規定は、理屈なしに受け入れることができた。戦争のない世界、戦争をしない国、軍隊を持たない国、戦火によって人間を不幸にしない国、それは全人類至高の夢であり、憧れである。
 日本を再び自分達に歯向かうことのできない国にしようというアメリカや連合国の意図があったにしても、平和主義に表れた戦争放棄の規定は何ものにも代え難い人類の理想であることに相違はない。私は素直に素晴らしいと思ったし、今もそう思っている。
 それから2年後の1948年11月のある日、両国の旧国技館で司法修習生の見学会か何かの催しがあり、その帰途、駿河台の英米法研究室に立ち寄るべく蔵前から両国橋近くを歩いていた。大空襲による焦土も徐々に復興し、バラック建てながら店舗が立ち並ぶ。とあるラジオ屋さんの前で数名の人だかりがあった。極東軍事裁判の判決の言渡しを聞く人たちだ。仲間に入れてもらって聞く。間もなく「Hideki Tojo, Death by hanging!」。ウエッブ裁判長による判決の宣告は続く。聞いていた人は皆、特別の反応を示すでもなく、無言で立ち去って行った。私も…。
 勝者が敗者を裁く。占領軍の統治下にあって占領軍が被占領軍の戦争指導者を裁く。インドのパル判事ならずとも、裁判に名を借りた復讐に過ぎないと、裁判の国際法的な正当性に疑問を抱いた。しかし私は、すぐにこれでよいのだと思った。戦争犯罪者、それは外国あるいは外国人に対する戦争犯罪者たるにとどまらない。彼ら戦争指導者は、国民の目を蔽い、国民を欺いて正義の戦いと思い込ませ、何百万もの国民を死に至らしめたほか、広島、長崎、この東京をはじめ、50を超す都市を戦火で焼き尽くし、数え切れない犠牲を国民に強いた。彼らの罪は国内的にも許されるものではない。彼ら戦争指導者は、誰かによって裁かれなければならない。しかし、果して日本人が日本の法廷で裁くことができただろうか。彼らの罪は絶対に許されない。私は一方で悔しい思いをしつつ、これで良し、これ以外にないと思った。一人、二人とラジオの前から立ち去る人達も同じ思いだったのではないだろうか。

 歴史に学び 理想を求める心を

ところが、60年後の今日、かつて許し得なかった戦争指導者を合祀する靖国神社に何のためらいもなく、被害者国民の感情を逆撫でしてまで参拝しようとする現在の指導者。「アメリカから押し付けられた憲法」といいながら、今アメリカの要求に応じて憲法を変え、「戦争放棄」の「放棄」をしようとする現在の指導者。歴史は繰返されるというが、失ってはならないもの、それは歴史に学び、純粋に理想を追い求める心ではないだろうか。 (次号に続く)

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【九条噺】

 安倍首相はMD(ミサイル防衛システム)に関する2003年12月の福田康夫官房長官談話の見直しもあり得ると述べた▼米国に向けて発射された弾道ミサイルを迎撃し、わが国上空で撃ち落とすというのである▼福田談話は「集団的自衛権との関係については、今回わが国が導入するBMDシステムは、あくまでもわが国を防衛することを目的とするものであって、わが国自身の主体的判断に基づいて運用し、第三国の防衛のために用いられることはないことから、集団的自衛権の問題は生じません」と述べている▼MDは憲法で禁じられている集団的自衛権を行使しないことを前提として導入されたのである▼米国に向かうミサイルをわが国の上空で撃ち落すということは、わが国の近くを米国に向かって通過する軍用機や艦船を攻撃するのとどこが違うのか。これを集団的自衛権の行使と言わずして、何といえばよいのか▼久間防衛庁長官ですら「よその国に向かって発射されているミサイルを日本のMDで後から撃ち落すのは物理的に無理。法律論以前の話だ]と述べている▼物理的に無理なものを検討するということは、MDを口実に集団的自衛権を正当化し、「アメリカのために戦争をする国」にしようとしていると言われても仕方があるまい▼現に米国シーファー駐日大使は「ミサイルをどの段階で迎撃するか、その答えは日米同盟の将来に決定的な重要性を持つ」と期待を表明している▼米国の期待に応えるために解釈改憲を進め、明文改憲につなげようという意図が「見え見え」なのである (南)

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戦争への道を許さない
   山田邦子さんら女性が東京でつどい

 12月19日、山田邦子さんらタレントも参加して「戦争への道を許さない! 歌い、語る 女たちの集い」が東京で開かれ、300人が参加しました。市民団体「戦争への道を許さない女たちの連絡会」が主催したもので連絡会世話人で評論家の吉武輝子さんが講演し、各界で活躍する女性がリレートークを行ないました。タレントの山田邦子さんも詩の朗読で参加したものです。
 吉武照子さんは「20世紀は戦争の世紀だったが、21世紀はさらに残酷な戦争の世紀になりつつある。だから(1980年に結成した)連絡会を幕引きするつもりはない」と強調。「反動勢力の動きをとめるのは、大きな石ではなく多数の小さな砂利。一人ひとりが砂利になろう」と呼びかけました。

沈黙は権力を利するだけ

 リレートークでは、女性九条の会呼びかけ人の江尻美穂子日本YWCA理事長が「黙っていれば日本は戦争国家への道を進む。沈黙は政権を利するだけ。戦争をしない国にすることこそ本当の愛国心だと…」と訴え、弁護士の中島通子さんは「日本の行方が危ないという世論を広げるには、若い人の運動参加をサポートすること、さまざまな分野の人々と力を合わせること、世界の人々と力をあわせることが必要」と語りました。また、脚本家の小山内美江子さんは「海外では日本国憲法は『世界の良心』と言われている。それを知らないのは日本人だけ」と指摘しています。
 暉峻淑子埼玉大学名誉教授は「教育基本法が改悪され防衛省昇格法も成立した。安倍政権の性格をよく表わしている。参院選で政権に審判を」と訴え、映画監督の羽田澄子さんは、「戦争犠牲者の上に憲法と平和が実現した。戦争できる国になれば犠牲は無駄になる。どういう政権を作るのかは私たちの責任だ」と力説しました。
(連合通信)

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「町民過半数署名1000筆を超える!」を報道  和歌山・みなべ

 11月20日、地元新聞3社(紀伊民報、日高新報、紀州新聞)と、みなべ「九条の会」が町公民館で記者会見。みなべ「九条の会」世話人代表の本多立太郎氏と尾中直次氏、事務局2名が会見に臨みました。日高新報、紀州新聞の2社は11月22日付で、また、紀伊民報は23日付でそれぞれ事実を淡々と報道しました。

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【「九条の会」憲法セミナーより・講演発言要旨・2】
 若い人たちに伝えたい
   憲法を泣かせるな

   「九条の会」呼びかけ人 澤地 久枝 (作家)

     第1回「九条の会」憲法セミナーで挨拶した加藤周一さんと、講演した辻井喬、澤地久枝両氏の発言要旨を3回連載で掲載しています。前回の加藤周一さんに続いて、今回は澤地久枝さんの発言要旨を紹介します。

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憲法は私たちの願いを体現

 人類が第一次世界大戦後、悲願として、痛切な祈りのようなものとして達成したいと考えてきたこと ―平和であれかし、武力・軍事力はいらない、交戦権は封印しよう― 20世紀の歴史のなかでの願いをそっくり体現したのが、私たちの憲法です。
「九条、九条といって平和を守れるか」と冷笑する人がいます。たしかに、この世には矛盾があるし、自衛隊は大きくなり、経済的圧迫は私たちの日常に迫っている。しかも日本は依然としてニセ独立国で、アメリカが言えばすぐに自衛隊が出ていき、血を流さなければいけないといって、集団的自衛権という言葉を持ち出してアメリカの傭兵(ようへい)のように戦争にいこうとする。しかし、アメリカのブッシュさんは世界で孤立しているし、イギリスのブレアさんも浮き上がっているではありませんか。アメリカに向かって、あなたたちの国は私たちの国がやった愚かな選択と同じ方向に行こうとしている、イラクで先制攻撃をやった結果がどうなっているか冷静に考えるべきだといってていい。
 私は、戦争で死んだ人と残された家族のことをお尋ねして文章を書いてきた人間です。ニューギニアでお兄さんを亡くした方がいました。お兄さんは30代で予備役だったが「赤紙」(召集令状)がきた。その晩、小さな部屋でうずくまってひどく泣いていたというんですね。お父さんを亡くした方もいた。召集されて軍隊にいく前の夜に、四人兄弟をしっかり抱きしめて泣きじゃくっていた記憶がある。日本の男たちは女々しいのではない。骨肉の情、哀憐の気持ちが泣かせるのです。生きて帰れるかどうかわからない場所に、強権をもって引きずり出すというのは本当にむごい。多くの男たちは帰らず、帰らなかった男たちの6〜7割は餓死です。無残なことです。歴史の時間としては、60年はつい昨日のことです。どういうことが戦争の時代にあったかということを、若い人たちが、自分につながる人の話として分かるように伝えていかなければならない。
 そして、日本が憲法の原点にかえることで、アジアの盟主ではなく、一国として尊敬をもって受け入れられる国になるだろうと思います。
 評論家の丸岡秀子さんのおばあさんが口癖のようにいったのが「苦労を泣かせるな]という言葉だそうです。私たちが背中に負っている多くの死者たちの苦労を泣かせないために、この人たちを忘れず、若い世代に伝えていく。

「あきらめる」ことをやめよう

 そして、伝えたいのは「憲法を泣かせるな」という言葉です。憲法を泣かせてはなりません。恥知らずな権力と向き合うとなかなか勝つことはできない。しかし、あきらめることはやめたらいい。勝つまでは意思を捨てないことです。
     (九条の会HPより)

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(2006年12月29日入力)
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