「九条の会・わかやま」 21号を発行(2007年1月20日)

 新年第3回の21号です。1面は、三多摩法律事務所弁護士の山口真美さんの講演で、「改憲手続き法案」のカラクリを解明しマスメディアの報道を訴えます。そして「九条噺」は井上ひさしさん③。2面は、「九条の会」呼びかけ人澤地久枝さんが朝日新聞「私の視点」に寄せた「憲法60年 明るい年にしていくために」。そして、月山桂さんの「戦争とはかくも虚しきもの」連載第4回「学徒出陣③」です。雨の神宮外苑の「出陣学徒壮行会」で行進した鮮烈な記憶がいよいよ語られます。
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[本文から]

今年は「改憲手続き法案」と真っ向対決の年
国民投票法案は改憲派の必勝法案だ!
     三多摩法律事務所弁護士 山口 真美
 (JCJ機関紙「ジャーナリスト」12月号より)

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     安倍首相は1日、07年の年頭所感を発表、「改憲手続き法案」について「通常国会で成立を期す」と表明。また任期内の改憲を操り返し強調していて「改憲手続き法案」はその野望と一体で進められています。自民党は17日の党大会の運動方針案に、改憲手続き法案の「早期成立」と日米安保体制強化・米軍再編推進を明記。海外での武力行使を可能にする集団的自衛権の行使=九条改悪を狙っています。
     自民党はじめ改憲派の狙う「改憲手続き法案」とは‥‥
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 改憲派の意思を映す 広報協議会

 現在、国会では 「改憲手続き法案」が審議されています。同法案は、まさに改憲という政治目 的を実現するための立法です。
 改憲の主眼は、9条2項を改廃し、日本をアメリカと一緒に戦争する国にするものだが、国民投票を避けて通ることはできない。法案はそのための具体的な改正手続きを整備するものであり、同法案の上程は、改憲の実現に向けて大きな一歩が踏み出されたことを意味します。
 しかし、新聞やテレビなどマスメディアは、殆どこの法案を取り上げていない。両法案は市民の言論活動を抑圧しつつ、他方で情報を操作し、世論を誘導して、国民を憲法改正へと向かわせようとしている。
 まず、広報協議会と広報の問題である。法案では、憲法改正の広報に関する事務を広報協議会で行うことになる。問題は広報協議会の委員構成である。委員は、各議院における各会派の所属議員数の比率により各会派に割り当てて選任される。これでは改憲派が圧倒的多数を占め、憲法改正に関する広報に改憲派の意思がそのま反映される危険が極めて高い。

意見広告取り扱いも不公平

 次に、政党等による無料の意見広告である。法案は、放送時間や新聞の意見広告の寸法や回数についても当該政党等に所属する議員の数を踏まえて決めるとしている。現在の国会情勢で言えば、改憲反対派に割り当てられるのは新聞の紙面で言えば縦10センチ、横8.4センチ、テレビの一時間枠であれば約3分である。これでは、政党の意見広告は改憲派のやりたい放題である。
 その上、法案には有料の広告・宣伝について、公正な報道の確保、宣伝における実質的な機会の平等の保障という視点が欠落している。新聞・テレピの広告には高額の費用がかかる。このような有料広告利用をするのはもっぱら財界の後押しを受けた改憲派となることは容易に予想できる。マスメディアを改憲派に取り込もうとする目論見があからさまだ。
 以上みてきたように、法案には、公正中立な周知・広報や表現の自由の保障といった観点が全く欠落している。それどころか、与党案は、公務員や教育者の地位利用による国民投票運動を罰則付きで禁止するなど、国民投票運動を大幅に制限している。
 最近、ピラ配布行為を住居侵入罪、国家公務員法等で警察・検察が弾圧する事件が続発している。このような弾圧と与党案の運動規制が複合すれば、国民投票運動の規制効果は絶大だ。法案は、市民の言論活動を抑制し、改憲に向けて情報を操作し、世論を誘導する危検極まりないカラクリ法案である。

メディアは危険性訴えて

 マスメディアは、この法案の成立を唯々諾々と見守り、改憲権力の道具となるのか、あるいは言論・表現の自由を守り、この国のあり方を決める真の権利者である国民に真実を伝える役割を果たすのか、今問われている。ジャーナリズムの精神とは、権力への批判精神と言論・表現の自由を守る姿勢にある。国民とともにあるメディアとして、改憲手続き法案を批判的に検討するならば、改憲派必勝法案である改憲手続き法案の危険性はおのずと明らかになる。国民に対し、いち早くこのような問題点を知らせていくことこそが、今、ジャーナリズムに求められている。ぜひ改憲手続き法案の問題点を明らかにする報道を期待してやまない。 (一部編集)

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【九条噺】

 今回も井上ひさしさんのお話③です▼前回までお話したとおり、日本人が戦後生きてきた生き方が意外に深いところで世界に影響を与えている。そこを自覚して、そういう生き方は間違っていなかったと、自信を持つべきだと思います▼日本の憲法は、戦後GHQのもとに集められた気鋭の学者たちがそれまでの人類史をいったんせき止めて、普通の市民が権力者から血と涙で勝ち取った理想を全部つぎ込んだものです▼前文にはアメリカの独立宣言(1776年)、9条にはパリ不戦条約(1928年)が流れ込んだ。そのほかイギリスのマグナカルタ(1215年)、国連憲章(1945年)など▼人類がさんざん苦労して勝ち取ったものが全て集中しているのです。だから、日本国憲法はこれからの人類の目標なんです。▼それを歴史の大きな流れの中から切り取って邪魔だから変えてしまえなどというのは、人類史に対する反乱です。▼憲法に書かれていることは「理想論じゃないか」と言われたりするんですが、いま普通に実現していることも最初はすべて「夢物語」だったんです▼例えばEU。ヨーロッパ統合の試みは、はじめはみんな笑っていました。しかし、「夢物語」がことばの力で人に染み込んでいくと、ちゃんと実在するものになっていく▼だから僕はあきらめたらだめだと、希望を持っているんです。『子どもにつたえる日本国憲法』にも書きましたが、憲法が公布されたときの、あの誇らしい、いい気分。日本はもう二度と戦争で自分の言い分を通すことはしないという覚悟に、体がふるえましたね。僕はよく覚えてるんです。
      (次回はいよいよ最終回です)

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憲法60年 朝日新聞「私の視点」
明るい年にしていくために

   「九条の会」呼びかけ人 澤地 久枝(作家)

  二人の文学者の指摘 しっかり思い返す

 フィリピン戦線でたたかった大岡昇平氏は、30代なかば、妻子ある身を戦闘に投じられ、死は目前だった。「いま日本が手をあげたら、いちばん困るのはルーズベルト大統領だな」と思う。ソ満国境の戦闘で命をひろった五味川純平氏は「戦争は経済行為だ」と見ぬいていた。
 二人のすぐれた文学者の指摘を、この年頭にしっかり思い返したい。戦争体験世代が命をかけてつかみとった「真理」の意味を。
 06年の秋以降、生活が苦しくなったという人たちが増えた。保険料があがり、医療費の自己負担は増え、年金の手どりは減って、この国が「富国強兵」ラインを行く結果が、生活を蝕みはじめている。

  事なかれ主義では歴史は繰返す

 昭和前期の、戦争前夜の世相と似ていますか、という質問は多い。人々が口をつぐみ、世のなりゆきをうかがって腰を引く、その点では、まったくよく似た世の中がまたしても姿をあらわした。この国には今も「お上(かみ)」に対する脅(おび)えが生きているのか。ことなかれでゆくことこそ、安全コースという守りの姿勢はなぜなのか。このままでは、歴史はくりかえされる。教育基本法をゆがめ、自衛隊法を変えて公然たる軍隊にし、戦争できる方向が選択された。そこに主権者である国民の意志はどれだけ反映されているのか?主権在民をマンガにする政治がまかり通ったのだ。

  現憲法下の実績の否認がはじまる

 戦死者ゼロ、福祉国家を目ざした現憲法下の実績の否認がはじまろうとしている。さらにこの反動的選択は、同盟国アメリカの要望への答えであること。つまりは主人持ちの政治であること。命をさしだすだけでなく、アメリカの膨大な軍事費への助っ人の一面をもつことを隠さない。
 大国の誇りにこだわりながら、この国の政治家たちは、従属の現実を無視する。そのアメリカは、イラク侵略の泥沼にあえぎ、まさにもてあましている。

  憲法本来の国に戻そう

 小泉前首相はイラク出兵を即断しながら、責任をとらずに退陣、安倍内閣はその政治路線の具体化に忙しい。国内の民情悪化とその疲弊は避けがたくなった。選挙で議席を失えば、政治家はタダの人。確実に政治は変わる。政治のあまりの悪さ、露骨さに、危機感をもつ市民が全国に生まれた。もうこれ以上の逆コースは認めない。悪法は押し返し、憲法本来の国にもどろうという市民の意志。悪政はおとなしい市民たちを揺さぶり、無視できない運動を拡大しつつある。希望のタネ、希望の灯は、市民運動によって守られる。

  「憲法を泣かせるな」今年の合言葉に

 市民は自衛する。武器なきたたかいだ。考えて思慮を深め、おのれ一人の思いからはじめて、おなじ思いの人とつながる発信。負けることのできない、あやうい政治の動きになお、希望をもちつづける熱源は、一人ひとりの心、決意にこそかかっている。「憲法を泣 かせるな」を、施行60年目にあたる今年の合言葉にしよう。
 歴史の犠牲となった死者たちを生かす道は、私たちの掌中にある。いかに状況が錯綜(さくそう)し、本質をかくしても、二人の文学者の言葉は、本質を見抜く鍵、真理として私たちを支えている。
(「朝日新聞」1/5『私の視点』より)

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「次世代に伝えたい」 月山桂氏の戦争体験 [4]
戦争とはかくも虚しきもの
   学徒出陣③

 そして10月21日。文部省と学徒報国団が主催する「出陣学徒壮行会」が明治神宮外苑競技場で行われた。前夜来の降り続く雨の中、制服・制帽に巻き脚絆、銃剣を帯びた軍事教練のときのいでたちで隊列を組んで、駿河台から靖国神社、水交社前を経て代々木の会場に向かう。他の大学も同様で各大学ごとに校旗を先頭に行進。場内スタンドの中央部前辺りで指揮者の号令一呵「頭(かしらッ)! 右(みぎッ)!」
 私は雨でぬかるんだグラウンドの泥水をはねあげつつ雨中の行進をしたあのときの印象が今も記憶に鮮やかだ。
 東条首相や岡部文部大臣など多数の来賓と、われわれを見送る中学生、理科系大学生、女子大生 らがスタンドを埋め尽すように溢れていた。わけても白のブラウスに統一された女子大生たちの振るハンカチの波は見送られる我々にとって感激させるに充分であった。また、首相や文部大臣の挨拶もさることながら、後に残る学徒の代表として、どこかの医学部学生が我々に向って叫んだ壮行の辞は、私たちの心を満たすに足るものであった。そのあと陸軍戸山音楽隊の演奏の中、全員で「海ゆかば」を斉唱して式を終わり、各大学ごとに二重橋を経て帰校した。「…その燃え上がる魂、その若き肉体、その清新の血潮…この一切を大君の御為に捧げ奉るは、皇国に生を受けたる諸君の進むペき唯 一の道である」初めて生の顔を見た東条首相の言葉は、今ともなれば別として、戦場 に赴くことを運命づけられている私には、まさに若き血潮を波立たせるものであった。この出陣学徒壮行会があってのち、学友たちの多くは徴兵検査等のため郷里に帰るが、その後再び顔を合わせることはなかった。
 私は徴兵検査のために10月下旬、一旦帰省した。徴兵検査は和歌山市岡公園の木造の旧公会堂で行われた。その公会堂はいま児童婦人会館となっている。この徴兵検査は全学生に一律に行われたもので、いろんな想いがあるがまたのちに述べる。 (いよいよ佳境です、続く)

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(2007年1月22日入力)
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