「九条の会・わかやま」 22号を発行(2007年1月30日)

 22号です。1面は事務局の南本さんの寄稿で、改憲派の身勝手な国民投票法案の内容を詳しく批判します。そして「九条噺」は井上ひさしさんC最終回。2面は、弁護士田中早苗さんの弱者の人権を守る憲法というインタビュー記事。そして、月山桂さんの「戦争とはかくも虚しきもの」連載第5回です。離れがたい大学から帰省して、徴兵検査の屈辱的な体験が…。
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[本文から]

民意汲み上げない身勝手な国民投票法案
 主権者国民は「改憲」など望んでいない
      特・別・寄・稿   九条の会・わかやま 南本 勲 (事務局)

     公明党の太田昭宏代表は1月13日、宇都宮市で開かれた党栃木県本部の会合で挨拶し、国民投票法案について「成立させることが一番大事な憲法課題だ。憲法記念日の前に成立を期したい」「民主党の賛成も得て、多くの国民の理解と自公民三党の賛成の中で成立を願っている」と述べました。国民投票法案の「5月3日までの成立」は、すでに民主党の枝野幸男党憲法調査会長や自民党の中川秀直幹事長が同様の意向を示しています。

 国民の意思の正確な表現が保障されるべき

 国民投票法案が臨時国会で継続審議となった。しかし、安倍首相は年頭所感で「新しい時代にふさわしい憲法を、今こそ私たちの手で書き上げていくべきです。まずは、その前提となる日本国憲法の改正手続きに関する法律案について、本年の通常国会での成立を期します」と述べた。憲法9条を改悪するために国民投票法案成立を急いでいるのである。日本弁護士連合会は昨年8月と12月に意見書を出し、問題点を厳しく指摘した。
 問題点のひとつは、投票が一括か個別かということである。
 与党案、民主党案とも「憲法改正の発議の際は、関連する事項ごとに区分して行う」としているが、自民党内では「細かく分けすぎると投票する側も煩雑。一括という考え方も排除していない」と解釈する向きもあるという。どのような基準で誰が「関連する事項」と判断するのであろうか。
 国民投票手続きの核心である投票方式を、このように曖昧にして、自分たちに都合がいいように、その都度取り決めを行おうとしているのである。  国の最高法規である憲法の改正は、主権者たる国民の意思によるものであって「一括か個別か」とか「関連する事項は」とかは改憲案の発議者である国会の判断に委ねられてはならない。主権者たる国民が意思を正確に表現できることを客観的に保障されることが絶対に必要である。従って、投票方式は条文ごとに(場合によっては項目ごとに)投票する個別投票でなければならない。それを不明確にしたまま、成立を急ぐのは、早く9条を改悪したいということであり、国民投票法案は「憲法九条破壊法案」であると言わなければならない。

 最初から民意を汲み上げる観点がない

 憲法96条は、改憲について「衆参両院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数の賛成が必要」としている。この「過半数」をどう判断するかが問題である。
 与党案では「有効投書数の過半数」とし、民主党案では「投票総数の過半数」としている。与党案は最初から最も少ない賛成票で改憲案を通そうとしているし、民主党も投票用紙の記載方法を一部変更して「有効投票数」を受け入れる方向を示している。主権者が国民である以上国の最高法規である憲法の改正は、できる限り多くの主権者・国民の意思を反映させるものでなくてはならない。
 諸外国には「最低投票率制度」がある。一定の投票率に達しない場合は投票を無効としたり、再投票したりする制度である。現行の与党案、民主党案とも「最低投票率制度」はない。従って、仮に50%の投票率で賛成が51%の場合、有権者の25%そこそこの賛成で改憲が行われることになってしまう。最初から民意を最大限汲み上げるという観点には立っていないのである。
 「手続法制定を求める国民世論や運動があるのか」という質問に対して、法案提案者の民主党・枝野幸男議員は「積極的に手続法を求める国民の声はない」と認めている。そもそも、日本国憲法制定以来60年間、改憲手続法案が国会で一度も議論されなかったのは、国民が具体的に改憲を必要としなかったからに他ならない。国民は憲法9条を変えたいなどとは思っていない。不要な法案など、さっさと廃案にすべきなのである。

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【九条噺】

 井上ひさしさんのお話最終回です▼戦後初の総選挙、昭和21年4月、初めて婦人参政権を得て、うちのおばあちゃんが近所のおばあちゃんたちと泣きながら投票所に行ったあの光景▼みんな兵隊に息子をとられていて、うちのおばあさんは、長男(井上の父)が、地主なのに小作解放運動なんかやって、治安維持法で3回ぐらい牢屋に入って、そのために体壊して死んじゃったんです。だから近所の人と顔を見合わせて、手を取り合って、泣きながら投票所に行った。僕らが見てても、大変な感動です。あの涙は忘れられない▼僕らにしても、その2年前までは「お前たちは20歳までは生きられないよ」と言われてた少年たちですからね。だから、憲法が「押しつけ」だと言うなら、アメリカの独立宣言にしても、フランス革命にしても、その時の権力者に対する新しい人たちの押しつけです。▼当時の、戦争はもういやだという日本中の国民の勢いと連合国の人たちが一緒になって「明治憲法を変えられては困る人たち、戦争に責任のあった指導者」に押しつけたわけです▼いいことを押しつけたんですから、変えちゃいけないんです▼いま次の芝居にとりかかっています。陸軍中野学校の話です。太平洋戦争は「アジア解放の戦争だった」なんて言う人がいますが、僕など当時生きてますからね。戦争の初めのころは、そんなこと一言も言ってなかったのをよく知っています▼開戦の詔勅だって、そんこと言ってません。昭和18年ごろ、負け戦になってきたころから、そういうこと、言いはじめたんです▼というわけで、太平洋戦争は解放戦争だったのかどうかを、いま一生懸命考えているところです。(おわり)

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憲法は弱者守る最後の歯止め
   弁護士  田中早苗  (第一東京弁護士会)

 弱者へのしわ寄せが…

◆生活保護の母子加算の廃止とか、年金の給付開始年齢の引き上げとか、いよいよ弱者へのしわ寄せが見えてきたなあと感じています。高齢者雇用安定法なんかもできましたが、これは年金制度の失敗を民間に押しつける法律を作っただけです。民間にも人を大事にするところはありますが、一概にそうではない。いろんなところで救われない状況が出てくるのではないでしようか。
――「小さな政府」という流れを疑問視しているのですね?
◆人口1000人当たりの公的職員数は米国は80・6人、英国は73人、日本は35・1人。医療費などを見ても今でも日本は小さな政府なのです。政府自身が05年の年次経済財政報告の中で「小さな政府として有数の国」と認めています。さらに小さくすると、どうなってしまうのでしょうか。

 権利の制限に躊躇ない風潮

―― 歯止めがなくなりそうですね。
◆そこで、弱者にしわ寄せがいく社会にならない最後の歯止めは憲法だと思うんですよ。でも最近、憲法の議論をしているのは政治学者が多く、憲法学者の発言はなかなか聞かれません。政治家にはそもそも憲法がどうしてあるのかがわかっていないと感じています。
―― 「成り立ちを考えた議論をせよ」ですか。
◆自民党の憲法改正案を見ると、公益及び公の秩序に反する場合は国民の権利を制限してもいい形になっていますが、法律家から言わせると非常におかしい。憲法はそもそも国家権力を制限するためにある法規で、国民の人権を国家権力から守るための法規なのです。これを分かっていない人たちが多いことの反映かもしれませんが、国民の一般の権利の制限に躊躇(ちゅうちょ)ない風潮に なってきたんじゃないかと懸念しています。たとえば微罪でも逮捕されやすくなってきているし。

 憲法がすべて悪いという幻想

―― 安倍晋三首相は憲法改正問題を夏の参院選の争点にする考えです。
◆本当は首相たちを不由由にするのが憲法じゃないですか。でも、自分たちが自由になろうと、いじめも虐待も非行も全部憲法がいけないという幻想を与えているようにしか思えません。集団的自衛権の問題も、北朝鮮の問題が大きく取り上げられたりする中で、一気に行ってしまう可能性がある。私はこのような現状での憲法改正には反対なので、慎重にすべきだと考えています。
―― 争点化は危険だと。
◆集団的自衛権に注目が集まり、背後の基本的人権がないがしろにされる可能性が高いんじゃないかと思っています。プライバシーや被害者の権利は重要な権利ですが、それによって表現の自由や容疑者・被告人の権利がどんどん狭められようとしている。個人情報保護のために国民の権利を制限する議論まであるくらいです。一括で「イエス」「ノー」と言える問題ではありません。もう少し国民投票法案の議論などを通して、どういう問題があるかを個別にやっていく必要があると思っています。

 社会を知らない世襲議員

――国民の知る権利との向き合い方についてはどう見ていますか。
◆政治家は本来、個々の国民に投票で選ばれて当選しているわけで、個々の国民に向き合っていく気持ちが大切ですが、見えてきません。二世、三世が増え、社会を知らないのか、勉強していないのか…。     【毎日1/13より転載】

    たなか・さなえ 第一東京弁護士会所属・女性と人権、報道と人権、セクハラなどに取組み、企業アドパイザーとして活動。
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【5】 「次世代に伝えたい」 月山桂氏の戦争体験
   戦争とはかくも虚しきもの

 私はその後、直ちに上京し入営の日の間際まで下宿生活を続け、大学の講義や研究室通いを続けていた。友人達のほとんどが帰省し東京在住のものもゼミには出なくなって、教室も研究室も日々閑散となっていった。みんなの胸の内は、いまさら講義を受けたからといって、また研究を続けたからといって何になるのか、どうせ戦場で倒れる身にとって何の価値があるのか、という思いだったと思う。守屋先生からも「月山君、まだ帰らなくてもよいのか?」と声をかけられた。その頃、先生は鬱陶しいお顔のことが多かった。占領地の統治機構に関する文献の翻訳を余儀なくされていたようだ。私は家族からも「親戚への挨拶回りもあることだから、はやく帰ってくるように」と催促があったが、なんとなく大学や東京を離れ難く、衣類・布団、書籍類をとりまとめチッキにした。駒込駅から下宿の人や近所の人たちに見送られて東京を去ったのは、入営の日の10日前のことであった。そして大阪府堺市金岡の中部第34部隊(輜重隊)に12月1日入隊すべき旨の召集令状を受けとったのは帰郷後、間もなくであった。

 徴兵検査・M検

 国民はすぺて兵役の義務を負っており、満20歳になる男子はすペて、徴兵検査(身体的条件として兵役に服することができるか否かの検査)を受けなければならない。
 私たちは学徒なるが故に徴兵延期(猶予)の恩恵に浴していたわけだが、これが停止になったのだから当然受けなければならなくなった。確か学徒出陣組は期日を指定されて一斉に行なわれたように思う。私は10月下旬に通知を受けて、和歌山市岡公園にあった公会堂で徴兵検査を受けた。和歌山中学卒業後、顔を合わしたことのなかった面々が何年か振りで顔を合わせた。徴兵検査の検査項目は頭の先から足の先まで全身に及ぶ。中でも顕著な検査はM検といわれた男子性器の検査である。カーテンが仕切りにあったのかも知れないが、一糸まとわず検査官の前に直立不動の姿勢で立つ。「股を広げ!」の命令でそのままの姿勢で足を拡げると検査官は性器を握ったり、ねじったり、曲げたりする。淋病・梅毒の有無の検査をするのだが、もとより生まれてはじめての体験である。恥ずかしきことこの上なく泣きたい思いであった。痔についても同様の扱いである。 (つづく)

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(2007年2月1日入力)
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