×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

「九条の会・わかやま」 59号を発行(2008年2月8日付)

 59号が2月8日付で発行されました。1面は、「紀の川 市民の会」総会での月山桂さん講演要旨、九条の会・わかやま結成2周年によせる呼びかけ人のメッセージJ(紀の里農協組合長 石橋芳春さん)、九条噺、2面は、「紀の川 市民の会」総会、「田辺9条の会」総会、ストップ「集団的自衛権行使容認」L です。
    ――――――――――――――――――――――――――――――
[本文から]

なぜ9条2項か "軍隊は国民を守らない"
    「九条の会・わかやま」呼びかけ人・月山 桂 さん


 2月2日、「守ろう9条 紀の川 市民の会」総会で行われた月山桂さんの講演(要旨)をご紹介します。


 9条は戦争のない社会という人類の願いによるものであり、日本人300万人、近隣諸国2000万人の犠牲の上に作られたものである。9条の改正は人類の歴史の流れに反するものである。
 9条は国民への誓いである以上に近隣諸国に対する誓いである。ドイツは各大統領が世界に向けて謝罪し、受け入れられた。日本は靖国、教科書問題など、謝罪をきちんとしていないが、9条という憲法で誓った。憲法改正は諸外国に対する誓いを破り、不信と脅威を与えることになる。
 自民党の改憲論は1項は残さざるを得ないが、2項を改めようとする。戦争をしないのなら何故軍隊を持つ必要があるのか。まやかしの論理である。国際貢献の名の下に軍事力をもって政治大国の仲間入りし、公然と海外に出て行ける普通の国にしたいのだ。
 軍隊は一度生まれると一人歩きし、成長し、膨張する。権力の権化のような存在で、制御できないものである。本来政治の道具に過ぎない軍隊が、政策決定の遂行を求め、政治の主人公になろうとする。それは5・15事件、2・26事件を見ても明らかだ。軍隊は人権無視、上命下従、絶対服従の組織であり、自由や個人の尊厳を否定する団体である。
 45年7月9日に和歌山大空襲があった。108機のB29が2時間に渡り焼夷弾で和歌山市を焼き尽くした。その間軍隊は何をしたのか。何もしない。隠れていただけだ。軍隊は連合国と戦うのが目的であり、市民を救うことは目的ではなかったのだ。
 9条を守ることは時代遅れか。イラクでは世界最強のアメリカ軍をもってしても治安を回復できない。武力は破壊と血の流れだけだ。9条を守る方がはるかに進んでいる。
 今、世界でやらねばならないことは、環境・地球温暖化・核問題である。これらが解決しないと人類滅亡につながる。日本は他国に先がけてこれらの活動をすべきだ。これが本当の国際貢献であり、世界の大国への道だ。CO2との闘いこそ重要である。

    --------------------------------------------------------

「九条の会・わかやま」呼びかけ人のメッセージ (順不同)
    紀の里農業協同組合組合長 石橋 芳春 さん

 私は昭和9年生れで第2次世界大戦は小学2年の12月8日に始った。学校に登校すると、全校生徒が運動場に集合させられ校長からの話があった。大国アメリカ、イギリス、フランスを相手に小国日本が戦争状態になった。子供から老人まで全国民が心を一つにして勝つために尽すべきだとの話であった。いわゆる「一億一心」西田哲学の思想で全国民の思想動員である。
 戦争は1年経過すると情況は悪化の道をたどった。学校の授業の中に農業実習の時間があり運動場を耕しサツマイモの畑にしたり、国道の両側を畑にしたりした。体育の時間は行軍と言って山から木炭を運び出す作業をしたり、農家へ農作業の手伝いに行ったり、運動場の片隅に防空壕を掘ったりするようになった。
 農家は生産物である米麦は供出と言って耕作面積に応じ強制的に政府に買い上げられ、自由に売り買いできないよう統制下におかれ、生活必需品の生産も少量に制限された。ほとんどの産業は軍需物資の生産に変えられ、国民の生活は大きく切り下げられた。
 全てが国の為、天皇の為、戦争に勝つ為の、老人から子供まで国民総動員であった。  少しでも批判的な意見を持てば警察は大きく権力を発揮した。この時期ほど、警察は誰の為にあるのか、国民生活を守る為のものでなく国民弾圧の為の姿をむき出しにした時期はなかった。
 学校の行軍すなわち遠足の弁当は良い方でサツマイモを持って行き、良い弁当を持てば国賊とまで言われた。
 国民のする事なす事全てが国の為、天皇の為であり、軍人になる事が子供心にも男子として生きる道であるように教育され洗脳されていった。
 あの食欲に飢えた時代、食べ盛りの少年時代を思い出す時、食欲をおさえ、戦争に勝つ為、国の為にと思想動員した教育、幼い子供まで戦争に参戦して行った時代を思い起こすとゾーとする。
 多くの日本人や、相手国の若者、一般庶民の命の多くの代償の上に得た平和憲法を守り通さなければなりません。
 昭和20年8月15日戦争は終り全世界にこのような過ちは二度としない、戦争はしないと全世界に宣言したのです。
 戦争中の苦しかった生活、物資、食糧のなかった生活、グラマン戦闘機から逃げかくれした生活を現世代の人々に話し伝えて行きたい。

    --------------------------------------------------------

【九条噺】
 85年の豊田商事会長刺殺事件の取材・報道状況に呆れた海外メディアが日本のメディアを「パック・ジャーナリズム」と蔑称したそうだ。記者らが一群(パック)になって押しかけ、同一歩調で取材し、どれも大差ない記事(映像)をこれでもか、これでもかと流し続けることをいう。なるほどと思う。昔も今も変わらない▼「パック・ジャーナリズム」の危険性は、あまりにもしばしば、コトの本質をそらし、かつ歪めるところにある。「自民党をぶっこわす」から「郵政解散・総選挙」に至る「小泉劇場」なるものも「パック・ジャーナリズム」の貢献なしにはありえなかったであろう▼北朝鮮による拉致問題に関わる「パック・ジャーナリズム」も大変気になるところだ。もちろん、不法に拉致するような国家はロクな国家ではないし、その被害者や家族が、日本と朝鮮の歴史的な過去を斟酌せずに加害国の責任を追及することは当然の権利だ。だが、メディアまで一次元的で、かくも感情的に「北朝鮮暗黒物語」を大量に流し続けるのはいかがなものか。「日中戦争・太平洋戦争期に百万人を超える朝鮮人を強制的に連行し強制就労させた」(『広辞苑』抜粋)歴史的事実にも一切ふれず、またそれを未だに認めようともしない政府への言及もない▼こうして、解決の見通しは見えないが、好戦的情緒だけは確実に膨らみ、改憲派がほくそえむ。(佐)

    --------------------------------------------------------

「紀の川 市民の会」が総会
 「守ろう9条 紀の川 市民の会」は2月2日、65名の出席の下、河北コミュニティセンターで第4回総会を開催した。
 月山桂弁護士の記念講演(表面参照)の後、総会議事に移り、原通範代表委員が07年度の活動報告と08年度の取り組み課題の提案を行なった。
 活動報告では有功・直川、楠見、河西地区で署名・宣伝活動が積極的に取り組まれていること、「憲法フェスタ」の開催や県内の取り組みへの参加、またネットワークづくりとして「九条の会・きし」結成や紀伊・川永地区での相談などが報告された。課題提案では署名・宣伝活動の強化、ネットワークづくり、会員拡大、他の9条の会との連携などが提案された。参加者での討議の後、運営委員を選出し、小野原運営委員の閉会挨拶で終了した。

    --------------------------------------------------------

「田辺9条の会」が第3回総会
 田辺9条の会の第3回総会は、1月20日、23名で市民交流センターで開催、第1部・会務につづいて第2部・フリートーキング「田辺に輝け、ひろがれ、憲法9条!」をおこなった。
 まず、中辺路の青年は、憲法を読んでそのすばらしさから運動を始めたが、若者になかなか浸透しないことに触れ、その背景には憲法そのものや近代史をきちんと学んでこなかったことが背景にあると指摘、手軽にできることからと、シール貼付投票に取り組んだ経験を話した。また、年配者からは自らの戦争体験を交えて9条と憲法への思いが語られ、9条の改悪は個人の自由と尊厳を踏みにじることに直結することが強調された。
 今後の活動については、最初張り切りすぎて一時頓挫した経験なども披露され、それぞれが自らの持ち味を発揮するような運動支援の輪をつくっていくこと、改憲一直線の安倍内閣から解釈改憲の福田内閣に代わった今日、気長な運動こそが大切であり、それぞれがアイデアを持ち寄り、若者たちを巻き込んでいけるようものを追求していこうと意見を集約してトーキングを終えた。(代表世話人・田所顕平さんより)

    --------------------------------------------------------

ストップ「集団的自衛権行使容認」L
    「九条の会・わかやま」事務局・南本 勲

   「集団的自衛権」と「民主党対案」

 先の臨時国会で「新テロ特措法」に対する民主党の「対案」が参議院では否決されたのに、後の衆議院で継続審議となるという奇妙な事態が起こった。これは、「新テロ特措法」の1年後の延長否決に備え、自公政権が「恒久法」制定に向け「民主党と協議をする際の証文としてとっておく」という意図が「見え見え」である。
 この「対案」はインド洋での給油・給水活動に限定した「新テロ特措法」よりはるかに大きな問題を含んでいる。

 集団的自衛権行使を容認

 「対案」は「アフガン復興支援」と関係のない第5章を設け、「恒久法」の速やかな整備を目指せと言う。「対案」は25条で「我が国の安全保障の原則に関する基本的な法制の整備が速やかに行なわれるものとし、・・日本国憲法の下での自衛権の発動に関する基本原則及び国際連合憲章第7章の集団安全保障措置等に係る我が国の対応措置に関する基本原則が定められるものとする」と規定する。国連憲章第7章は42条で平和の維持が非軍事的な措置で不十分な場合は軍事的な措置を採ることを定めており、51条では個別的自衛権とともに集団的自衛権の行使も認めている。つまり、この25条は個別的自衛権とともに、海外で武力行使をする集団的自衛権の行使の容認まで「恒久法」に盛り込むことを求めているのである。

 海上阻止活動にも参加

 「対案」は27条で「テロ対策海上阻止活動が国連総会、安保理の決議に基き国連加盟国により行なわれることになった場合は・・これに参加するために必要な法制の整備について、その要否も含めて検討する」と規定する。国連の決議があれば給油活動だけでなく、インド洋で展開されている海上阻止活動に直接参加するというのである。国連憲章と日本国憲法ではどちらが上位の規範か。当然日本国憲法である。その憲法で武力行使が禁じられている日本が、例え安保理の決議があっても海上阻止活動などできるわけがない。

 地上部隊をアフガンに派遣

 「対案」は4条で「・・自衛隊の部隊等による人道復興支援活動を適切に組み合わせて実施する・・」、20条で「・・自衛隊の部隊等の自衛官は・・やむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で・・武器を使用することができる」と規定する。つまり、「アフガン復興支援」として自衛隊のアフガン本土への派兵を企図するとともに、PKO協力法で認めた自衛隊による武器使用基準の一層の緩和を盛り込んでいるのである。

 米軍支援の枠組み作り

 従来、日本政府は「憲法9条の下で、集団的自衛権や外国の武力行使との一体化は認められない。海外に出動した自衛隊は武器を使用しないから海外派兵にはあたらない」としてきた。国連の名がありさえすればいいというのでは、ちょっとした理由で自衛隊の海外派兵につながる。武器使用も治安の安定しない地域では正当防衛などではなく、普通の軍隊と変わらない能動的な武器使用となってしまうだろう。「対案」は国連の名のもとに、集団的自衛権を行使して、外国の紛争地域で海上阻止活動や治安確保活動などの戦闘行為を、武器を使用して行うものであり、従来からの日本政府の基本方針を根本から変えるものである。アーミテージ元米国務副長官は「自衛隊の海外派遣を規定する法的枠組みに関する議論も心強い」と述べた(07年2月)。今回のこれら動きはこの言葉と軌を一にするものだ。「対案」はアメリカの先制攻撃戦略に対応して、即座に海外派兵する体制の整備が主な狙いであると言わなければならない。

    ――――――――――――――――――――――――――――――
(2008年2月9日入力)
[トップページ]