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「九条の会・わかやま」 9号を発行(2006年10月20日)

 9号は、1面には、日本国憲法の理想を実現する教育をかかげた「教育基本法」の真価を、旧憲法下の教育勅語との比較も交えて縦横に語る、元和歌山県立西高等学校校長・宮下長Gさん「教育基本法改悪のたくらみに思う」と、戦争体験を聞く会二題の報道。2面には、呼びかけ人で山に住む作家の宇江敏勝さんの寄稿「キジの仔と安倍新政権」、日中「歴史共同研究」合意、書籍紹介、九条噺です。
 (管理者の事情でアップが大幅に遅れたことをおわびします)
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[本文から]

教育基本法改悪のたくらみに思う
  和歌山県立西高等学校校長・宮下長G(九条の会・わかやま事務局)

 愛国心の強要は国家総動員への道

 一九八九年(明治二二年)大日本帝国憲法が公布され、翌年「教育勅語」が制定された。
 この憲法と勅語を貫く思想は「万世一系」の国体を維持し、「忠君愛国」の国民精神を育てることを目的としていた。
 初代文部大臣・森有礼は富国強兵を維持するために、教育・学問は「生徒その人のために非(あら)ずして国家の為にする」ことを強調した。そしてこれ以後、教育に関する法令は、原則として法律によらず勅令以下の行政命令によって制定される「勅令主義」の慣例が確立した。これは軍隊が天皇の軍隊であるのと同様に教育もまた天皇のものであり、国民の意思を反映させることのできないものとされた。「教育は小学校令その他の教則を根拠に国の教育意思を臣民に強要することである」と当時の御用学者が定義した。
 教育勅語は「よく忠によく孝に」などの徳目を列挙したあと、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ以って天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし」と、国民は天皇のため国のために命を捧げることを最大の役目としていた。
 そして、忠君愛国思想を高揚させる直接の担い手である教師に対する統制は実に厳しく、一八八〇年(明治十三年)の「集会条例」で政談演鋭会参加と政治結社への加入を禁止された教師は「小学校教員心得」によって「政治及び宗教上に渉(わた)り、執拗矯激(しつようきょうげき)の言論」をなすことを禁止され、教育によって「尊王愛国」の志気を振起する任務を強制された。学校では児童に理性的判断を超えて、天皇や国家への絶対的忠誠心の育成を強要され、その有効な方策として、御真影(天皇の写真)拝礼、君が代の斉唱、教育勅語の朗読などが強制された。

 教育の支配は戦争の歴史

 こうして侵略戦争に無批判に参加する臣民がつくられ軍事大国化した大日本帝国は、一八九四年(明治二七年)の日清戦争以来ほぼ一〇年ごとにアジア大陸に侵略をしかけ、ついに一九三一年(昭和六年)中国東北部(旧満州)への侵略以後は十四年余の長きにわたって戦争を繰返し、この間、中国や朝鮮半島、東南アジアの人々に多大の犠牲と被害を与えただけでなく、わが国土を焦土と化し、三百万人の犠牲者を生んだ。なかでも人類最初の原爆の被爆地となった広島・長崎の惨禍は筆舌に尽くせない。犠牲者は約二〇万人にものぼる。
 史上最大の破壊と惨禍と犠牲をもたらしたこの戦争の反省から新憲法がつくられ、教育基本法が定められ、戦後の新生日本がスター卜した。
 教育基本法は、新憲法のもとで「民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献することを決意し、その理想の実現」を教育のカに求めた。そして、教育の目的は、「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として真理と正義を愛し、個人の価値を尊ぶ国民の育成を期して行なわれるペき」だとした。
 さらに教育基本法第一〇条は「教育は不当な支配に服することなく国民全体に対して直接責任を負って行なわれなければならない」とし、「教育行政はこの自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行なわれなければならない」としている。
 行政が真摯に、この基本的な条文を遵守し、環境の整備、少人数学級実現、過度な競争を煽るのをやめ、教職員増員の実現を行なっていたなら、教育現場の困難はどれほど軽減されていたか計り知れない。

 「放棄した道」へまた戻るのか

 自民党の教育基本法案は、教育の目的から「真理と正義を愛し個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成」の条文を削除し、「伝統と文化を尊重し、それらを育んできたわが国と郷土を愛すること」と置き換えている。
 そして、第一〇条の「不当な支配に服することなく…」の文言は残しているものの、「法律に基づいて行なう政府の行為はすぺて不当な支配には当たらない」として、権力が教育内容に無制限に介入できる道をひらき、またぞろ教育を支配し、海外で戦争する国づくりを明らかに企む。しかし「東京都の日の丸、君が代強制は違憲」の判決は、教基法改悪反対のたたかいに大きなカとなる。たたかえば勝てる。いまこそ日本と世界の未来を見据えて、大いに語り大いにたたかうときだと痛感する。

 ■注釈
 天壌無窮=天地とともに永久に続くこと。
 皇運=天皇・皇室の運命や威勢。  扶翼=一翼をになって支えること。  矯激=言動激しく。

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■戦争体験を聞く会二題

早乙女勝元さんが講演 一二〇人が参加 わかやま市民生協

 わかやま市民生協は、和歌山市太田の市民生協本部で東京大空襲資料センター館長で作家の早乙女勝元さんを招いて「平和のつどい」を開き、「戦災体験」を聞きました。生協組合員一二〇人が参加しました。早乙女さんは「武力に代わるのは言葉、戦争の悲惨を次の世代に伝え、一人ひとりのカを合わせて平和を守ろう」と訴えました。

映画「出口のない海」の元特攻隊員が語る戦争体験 「九条の会・うちた」

 紀ノ川市の「九条の会・うちた」は結成1周年をむかえ、地元の古和田会館で吉川薫雄さん(元小学校教諭)を講師に招いて戦争体験を聞きました。吉川さんは、映画「出口のない海」の特攻隊と同じ「震洋特攻隊員」で、特攻を控えた日々の気持ちなどを語り、「戦争に正義などない」と断言。「地域や職場・学校で平和学習を重ねること」の必要を訴えました。

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【寄稿】 キジの仔と安倍新政権
  「九条の会・わかやま」呼びかけ人・宇江 敏勝 (作家)

●この夏は二ヵ月余りにわたってキジの仔を飼っていた。六月上旬、わが家で飼っているウコッケイの一羽が自分の卵五つほどを抱いて孵化の姿勢に入った。そこへキジを飼育している知人が、卵を三個くれたので、うずくまっている羽の下へ押し込んでおいたのである。ふつうの鶏は二十日たつと卵から雛が出てくる。ところが孵化したのは、一羽のキジだけで、ほかの卵は雛にならなかった。理由はわからない。
●鶏舎の中では真っ黒なウコッケイの母親と、小さなキジの雛の生活が始まった。はじめのうち母と仔はなんとなくよそよそしかった。母親はくちばしでキジの頭をつつくこともある。キジの仔は長い脚でよろめきながら逃げまどっている。はたして育つだろうか、とちょっぴり心配だった。だが、まもなく母も仔も落ちついた。皿に入れてやった餌をいっしょに食べ、さらにキジの仔がウコッケイの羽根の下にもぐり込むようになった。おたがい真っ赤な他人だとはわかっているのだが、小さな鶏舎の中では母と仔でやっていくより仕方がない、とあきらめた姿にも見えた。
●キジの仔の動きには三とおりがある。餌をついばむこと、うずくまって休んでいること、そして歩きまわることである。これらはどんな鳥の雛にも共通するところだが、キジの仔はひたすら金網のきわを外へ出ようとして歩くのである。早足で歩きながら、くちばしを網に突き入れたり、飛び上がったりする。ウコッケイの雛だと鶏舎の中を自分の住処として落ちついているのに、キジの仔は金網の向うの森の緑や青い空に魂をひきつけられずにはいられない。それでも一週間、十日、一ケ月と過ぎて、キジらしい細身の体となり、キジらしい迷彩色を輝かせ、いっそう精悍そうに歩きまわり、飛び上がっては金網や壁にぶつかった。
●ところでこの夏、私は野菜づくりにも熱中した。自家用に作るだけだが、家のまわりの畑はかなり広いので、いろんな種類を栽培し、おいしい野菜をつくることに励んだ。究極のうまい野菜とはなにか、それは、キャベツはキャベツの味がし、キュウリはキュウリの味、トマトはトマトの味がすることだ。田舎のおじさんが鶏たちと遊び、野菜づくりを楽しんでいる、という熊野の山里のありふれた風景にすぎない。このおじさんは政治活動などしないし、市民運動などにもまったく関係がない。でも昨冬、「九条の会・わかやま」の発起人に名を出せといわれたとき、ためらうことなく承知した。なにかの会合に出るのはおっくうなのだが、澤地久枝さんが来られた和歌山市の集会には友人たちとともに参加した。それにしてもあの熱気あふれる大集会を全国紙の和歌山版がほとんど報道しなかったことに、私は驚いた。主催側としてもマスコミへのはたらきかけがたりなかったのではないだろうか。
●ようやく秋らしくなり、いまは冬野菜の苗づくりに励んでいる。由民党総裁選があって、安倍晋三氏が遺ばれた様子も畑仕事をしながらラジオで聞いた。安倍さんはさしあたって教育基本法改定をやるという。憲法改定にも本腰でとりかかる姿勢である。さて、どのように対処すべきか、田舎のおじさんも平気ではいられない。
●生まれてニケ月、ウコッケイの母とキジの仔は、せまい鶏舎の中で暮らしながらも、たがいにかまわなくなった。すっかり他人にもどったのである。私はウコッケイのほうを十教羽がいる大部屋へ移してやった。
 そしてある朝、餌をやろうとして戸を少し開けたとき、キジはふいに私に向かって飛びかかってきたのである。肩ごしに秋の空に舞い上がった。

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【見逃せない新聞記事】
日中首脳会談で「歴史共同研究を年内に実施」合意

 十月八日の日中首脳会談での合意の一つに、双方で「歴史を直視」することを確認し「日中有識者による歴史の共同研究を年内に始める」という合意がありました。先行きを注視しなければなりませんが、憲法九条を守る立場から、また硬直した日中関係を改善するために、ひとまず評価できる合意として注目ではないでしようか。

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【書籍紹介】
@「この日、集合」

井上ひさし・永六輔・小沢昭一
鰹T刊金曜日 1050円、
A歴史のなかの日本国憲法」吉田裕・著
へいわの灯火ブックレット版

 思わず含み笑いするような、面白くてわかりやすい本を二冊発見。ニ冊とも、憲法九条が生まれたいきさつ、中国や韓国が靖国参拝を怒る理由、靖国問題が契機で国内に興るナショナリズム、さらには、いま岐路に立つ日本人の平和観などを楽しくわかりやすく解説しています。例えば、多くの日本人が知っているようで知らない「サンフランシスコ講和条約」や、「日中友好条約」の約束ごと、特にいま安倍新政権が「東京裁判には多くの問題がある」としているが、どういう問題があるのか、曖昧な問題提起にはごまかされないように、私たちがきちんと歴史に学ぶことの大切さを教えてくれます。

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【九条噺】

▼十月十日、北朝鮮の許しがたい暴挙、核素験を伝える翌日の朝日新聞夕刊。一面に掲載された安倍首相の顔写真を見て、少々薄ら寒いものを感じた。写真説明に「厳しい表情で閣議に臨む安倍首相…」とある。▼人の顔写真を見てあれこれ言うのも無礼の極みかもしれないが、どうみてもその表情に厳しさを伺うことはできず、むしろ何かほくそ笑んでいるかのようにすら感じたのは小生だけだろうか▼もっとも、表情には人それぞれの個性があるのだから断言はしないが、目が明らかに怒りのそれとは異なる。目標に掲げる九条「改正」にはずみがついたとでもいいたげな、といえばいささか言い過ぎか▼しかし、昨今の改憲派の言動をみると、北朝鮮の数々の暴挙は常に最大 の口実にされてきた。過日もテレビの娯楽番組で9条の是非をめぐって、一部政治家や芸能人らが議論しあった時、改憲派の与党と民主の議員の主な論拠は北朝鮮に向けられ、▼中には「憲法をこのままにしておいて拉致された人たちを取り戻せなくなってもいいのか」などと驚くような妄言を力説する議員すらあった。そこに核実験である。▼安倍首相の周辺ではすでに、かつて安倍氏自身が主張したこともある「日本核武装論」に加えて東京発「先制攻撃論」すらではじめていると聞く。開会中の国会では、歴史観や靖国問題 等、とりあえず持論をひたすら安っぽいオブラー卜に包んで乗り越し、中国・韓国との首脳会談もこなしてきたが、この核実験はもうひとつの舞台をぐっと引き寄せたともいえる。事態はまさに「正念場」である。(S)

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(2006年10月29日入力)
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