「九条の会・わかやま」 105号を発行(2009年6月28日付)

 105号が6月28日付で発行されました。1面は、海賊対処法案 再議決成立、「月光の夏」上演 朝日新聞地方版で紹介、九条噺、2面は、加藤周一さん追悼講演会A 大江健三郎さん・奥平康弘さん です。
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[本文から]

海賊対処法案、再議決で成立

 自・公両党は、6月19日、参院本会議で否決された海賊対処法案を、同日の衆院本会議で3分の2の賛成多数で再議決し、成立を強行しました。
 新法の成立により正当防衛と緊急避難だけでなく、@海賊が著しく接近A海賊のつきまといB進行妨害──の3ケースで船体への危害射撃が可能になります。使用武器の制約もありません。護衛艦「さざなみ」は、直径12.7pの砲弾を1分間に45発も発射できる速射砲など強力な武装をしており、そのようなもので砲撃されたら、海賊船などひとたまりもありません。戦後60年間、政府の行為でただ一人の外国人も殺さなかった誇るべき日本の歴史の危機であり、攻撃もされていないのに、攻撃することは、どこから見ても海外での武力行使で、憲法9条に違反することは歴然としています。また、警護対象を外国船にまで拡大しました。今後は船籍を気にせず、警護するということで、集団的自衛権行使と言われても仕方がありません。
 しかも、新法は「恒久法」で、海賊の「危険がなくなるまで」活動を続けるといいます。海賊事件が増える続ける中、「日本はいつまで護衛艦を派遣するのか」(防衛省幹部)という不安も出ているといいます。さらに、「海賊対処」を突破口に、海外派兵恒久法制定や憲法改悪につなげて、本格的な海外での武力行使に道を開くおそれがあるのではないでしょうか。

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増え続け、昨年を上回る海賊事件

 6月20日付の毎日新聞の報道によれば、ソマリア沖に日本を含む20カ国以上が海軍艦艇などを派遣し、「取り締まり」を強化したにもかかわらず、海賊活動は勢いを失っておらず、海賊事件は6月15日現在、昨年を31件上回る142件が発生。30隻約210人が人質になり、14隻はいまだ抑留中で、多い日には、1日10件以上の不審船情報が派遣部隊に寄せられるといます。
 また、4月には米軍が海賊3人を射殺し、海賊が報復を宣言。その後、米下院議員がソマリアの空港で攻撃を受けた直後、米政府がテロ組織と認定する武装勢力が犯行を認めたと報じられるなど、営利目的だった海賊の体質変化を懸念する指摘もあります。

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空襲忘れないで「月光の夏」上演

6月21日付朝日新聞・和歌山版が大きく紹介  64年前に千人を超える犠牲者を出した和歌山大空襲のあった7月9日、平和の大切さを伝え続けようと、特攻隊員の実話に基づく朗読劇「月光の夏」が和歌山市伝法橋南ノ丁の市民会館小ホールで上演される。ベートーベンのピアノソナタ「月光」とともに、戦争の悲劇を伝えるストーリー。和歌山演劇鑑賞会などでつくる実行委員会が「劇団東演」(東京)を招いた。
 和歌山市中心部は、45年7月9日深夜から翌未明にかけて米軍による爆撃が続き、焦土と化した。多数の死傷者が出て、和歌山城も焼け落ちた。同鑑賞会などは、この大空襲が風化するのを防ごうと、87年から劇やコンサートを組み合わせた「7・9和歌山大空襲を語りつぐ文化のつどい」を開いてきており、今回は4年ぶり7回目。
 「月光の夏」は、和歌山大空襲と同じ太平洋戦争末期に、佐賀県にあった国民学校のグランドピアノで「月光」を弾いて出撃して行った2人の特攻隊員を描く。俳優4人の朗読にピアニスト・仲道祐子さんの演奏が重なり、2人の過酷な生と死が明らかになっていく。
 作家・毛利恒之さん原作。93年に映画が公開され、東演は03年から朗読劇を各地で上演している。実行委の由井勝事務局長は「動きの少ない舞台が観客の想像力を膨らませ、ピアノの音色とともに、平和への深い祈りを感じてとってほしい」と鑑賞を呼びかけている。
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7月9日(木)19:00開演
和歌山市民会館小ホール
入場料 ( 一  般 ) 2,000円
   (高校生以下) 1,000円
問い合わせ:073-433-1151
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7月8日(水)19:00開演
ホール田園 (紀の川市西大井) 入場料 ( 一  般 ) 3,000円
   (高校生以下) 1,500円
問い合わせ:0736-73-8551

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【九条噺】

 コラムニスト早野透氏による「大逆事件残照」は朝日新聞夕刊に14回にわたって連載された。これまで知らなかったことも多く、随分勉強になった。まずは、美人画≠フ竹久夢二や石川啄木、与謝野晶子、さらには志賀直哉、武者小路実篤や柳宗悦などかかわりの広さには驚かされた。竹久夢二は「平民社」に出入りし「社会主義」に傾斜、新聞に反戦のコマ絵を描いているが、劇団民芸の俳優米倉斉加年氏は「宵待ち草≠フ待てど暮らせどこぬ≠フは、自由な社会のことであり、大逆事件後の人々のやるせなさではないか」という。彼の主張は、研究者の間でも定評があるという▼長野の一人の若者による爆弾実験≠とらえて「大逆(天皇暗殺)の企て」をでっち上げ、24名を死刑(うち12名は無期に減刑)にしたのだが、この事件は、自由と平等、平和、軍備の撤廃、男女差別打破という、今日では当たり前の願いをかかげた平民社や、同じ願いを唱える人々に対する大がかりな弾圧であり、人として当たり前の願いや声をすら圧殺しようとした当時の国家の異常さを浮き彫りにする▼しかし、人々の願いや声、言葉を抑えきることなど永遠にできない。「平民社」の時代の願いは、その後の礎となって今日の日本国憲法で花開いた。「大逆の罪」を被った人々は、今日も各地で名誉回復♂^動や、顕彰がおこなわれ、反戦平和・差別撤廃などのさきがけとして偲ばれ、その願いや思いは確実に受け継がれている。(佐)

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 6月2日、加藤周一さんを追悼する講演会が開かれ、よびかけ人の井上ひさしさん、大江健三郎さん、奥平康弘さん、澤地久枝さんが講演されました。講演の要旨を「九条の会ニュース」から順次ご紹介しています。今回は2回目で大江健三郎さん、奥平康弘さんです。(見出しは編集部)


東アジアの人たちと信頼をつくるためには、本気で憲法9条を守り、完全に実現すること
大江健三郎 さん


 先月の朝日新聞のコラムに、国宝阿修羅展を見に行ったこと、そしてお釈迦様の十大弟子の群像に感銘を受けたと書いたところ、いくつもの反響がありました。すべて加藤周一さんの名をあげてのものでした。私は十大弟子像の、とくに須菩提や羅?羅の像に感銘して、自分がこの50年間に出会ったすぐれた実在の人たちの面影を見出すようだったと書き、文章のタイトルは「知的で静かな悲しみの表現」としました。反響の手紙は、「あなたは加藤周一さんの顔形を見てとったのではないだろうか」といい、その中に、「加藤さんが悲しみを感じられる理由があるだろうか」とありました。
 上野からの帰りの電車の中で、私は、あの仏像のような人たち5人ほど、くっきりと思い浮かべました。そしてそれらの人たちは知的で静かな顔形であったけれども、みんな老年になっておられていて悲しみの表情も表されていることも感じられる。そして私はあのように書いたわけです。確かに私があの中のとくに須菩提をみて深い感動の中で考えたのは加藤周一さんの面影と、その生涯のお仕事でした。
 日本文学について学びたい方には、『日本文学史序説』をお勧めします。それは万葉集に始まり日本の文学が、どのように出来上がったかを見ます。重要なのは、日本独自のものがあるけれど、外国文化との素晴らしい出会いによって転換期が刻まれ、その転換期を生きた日本の文学者が新しい文学を作ったことを描きだしていることです。
 加藤さんは、殆ど最後のお仕事として、NHKテレビで、石川啄木を押し出されました。啄木が1910年前後の時代を「時代閉塞」といい、「我々は一斉にたって、まずこの時代閉塞の現状に宣戦しなければならぬ」という言葉を加藤さんは引用され、この時代の貧困と病気を象徴する肺結核で死んだ啄木の思想的な意味を強く言われました。
 加藤さんはこれまでの「九条の会」講演会ではつねに、原理にたちながらも現実状況の細部に即して、世界の、とくに東アジアに起っていることを語られました。多くの方は、おそらく北朝鮮の核実験について加藤さんはどのように話されるか聞きたいと思われたと思います。加藤さんは広島、長崎50年にあたって開かれたパグウォッシュ会議での講演(「加藤周一セレクション」第5巻平凡社ライブラリー)で、会議で検討すべき重要な問題点をあげたうえで、いくつかの障害や障壁について話をされました。それは、核兵器保有国と非保有国のあいだの信頼関係をどのように醸成していくか、とくに核保有国と非保有国との間の不平等、核を保有する国家間の不平等、核弾頭の数の不平等性ということです。
 政治権力の側ではなく、私たち市民の側からいいますと、北朝鮮の人々と私たち日本人が本当の信頼をつくるためには、私どもは本気で憲法9条を守り、完全に実現しようとしていることを示すことだと思います。その大道をはっきり示し、それを周辺の国々に、あるいは世界中に認めてもらえるならば、私どもの国と他の核保有国との間の信頼関係を作り出すいちばん大きな条件になると思います。


「 日本もまんざらではない」と言われた加藤さんを我々が本当に満足させねばならない
奥平康弘 さん


 憲法研究者にはそれぞれ専門があります。9条は9条の専門家がいて、自衛隊の分析とか日米安全保障条約のことなどを専門に研究しています。ぼくは違うことをやっていて、なかなか9条に近づかなかった。ぼくを近づけさせたのは、90年代以降の憲法をめぐる状況の変化です。それは憲法9条の戦力不保持の問題だけではなく、自衛隊がどのように機能するか、という今までなかった議論が出てきたからです。湾岸戦争のなかで、自衛隊を海外に派遣することと憲法9条の関係が論議され、今世紀に入ると、集団的自衛権の行使が憲法の解釈によってできるという話になってきた。個別的自衛権の範囲内でこぢんまりとやっていくという議論は吹っ飛んでしまう。集団的自衛権で他のどこかの国と結びつけば青天井になって、なんでもできるようになる。装備はもちろん、それに応じた機能を果たすことになる。それを憲法の解釈でできるという話に展開していくのが、90年代の終わりから今世紀に入ってからの情勢です。  文字として書かれている9条は、一定の重要な役割を果たすことは間違いない。そしてきちんとした解釈が確立されるべきです。同時に、この2、3年の動きの中から見ても、9条は日本の問題、日本国憲法の問題であったのが、世界に向けて語られるようになった。そのようなかで、「九条の会」が出来たわけです。それが大きな支持を得て、ぼく自身も驚くくらい組織が着実にのびていると思います。
 「民芸」のお芝居に、加藤先生とボクがたまたま招待されて、椅子を並べて観劇しました。ぼくたちが見たのは木下順二の「審判」という、東京国際裁判を題材としたものでした。田母神さんという人がいますが、あの人は東京裁判を全くボロクソにやっつけていますが、しかし問題は単純ではない。例えば、あれは連合国が行った裁判ですが、権力はどこからくるのか、これを裁判長がもつということは、どこからどのようにして出てくるのかという問題があります。さらに人類に対する罪というけれど、それは昔からあったのか、そういう問題が混然としてある訳です。ところが田母神さんにいわせるとスカッといってしまう。本来難しい問題を、皆さんに食いつき易いようにしてばらまくということは、大衆政治家のやることですが、それを彼はいたるところでやっています。
 ところで芝居を見た後で、加藤先生は、「こんなに難しい芝居をこんなにたくさんの人が見に来てくれるんだねえ」と、感慨深げにおっしゃいました。実際、芝居は難しいです。それを満杯になるほど見にきてくれたということです。その時は気がつかなかったけれど、後で考えたら、「だから日本の将来はまんざらではないよ」ということだったのだと思います。「まんざらではないよ」と一安心された加藤先生を本当に満足させるように、われわれはすべきではないかと思います。

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(2009年7月5日入力)
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