「九条の会・わかやま」 132号を発行(2010年5月15日付)

 132号が5月15日付で発行されました。1面は、「県民大署名」和歌山駅前で50人以上が訴え、朝日新聞憲法世論調査「9条変えない」67%、自民党 憲法「改正」原案提出へ 発議要件緩和、九条噺、2面は、5月の風に We love 憲法 普天間基地問題も大本は安保条約の問題(東京慈恵会医科大学教授・小沢隆一氏①)、沖縄には国際災害救助隊基地を WBS和歌山放送・特別番組「憲法を考える」①、国際的な市民、心ある人たちの悲願は9条(井上ひさしさん講演 ②) です。

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[本文から]

「県民大署名」駅前行動
和歌山駅前で50人以上が訴える


 憲法記念日の3日、「憲法9条を守る和歌山弁護士の会」の呼びかけで、「第8回県民大署名・駅前行動」が行われました。50人以上が参加し、好天の中、午前11時から1時間余りで、267筆の署名が集められました。
 ゴールデンウィークで、街には普段より若い人たちが多く、署名活動で、若い人がたくさん署名に応じてくれて、勇気付けられる結果でした。
 今年は、全国紙、テレビなどが取材に来てくれました。
 朝日新聞和歌山版は「JR和歌山駅前では、戦争放棄や戦力不保持を定めた憲法9条の改正に反対する団体が集まり、『9条を守ろう』と署名を呼びかけた。07年から憲法記念日などに実施しており、今回で8回目。『憲法9条を守る和歌山弁護士の会』が中心となって市民団体や有志と協力し、駅前を行き交う人にチラシを渡したり、改憲に反対をする署名を求めたりした。同会事務局長の金原徹雄弁護士は『憲法記念日なので、平和について考えてもらえれば。そして署名によって、9条を大切に思っている県民が多くいることを伝えたい』と話した」と報じています。

 
 

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朝日新聞憲法世論調査
「9条変えない」67%

 

 5月3日付朝日新聞は憲法についての全国世論調査結果を発表し、憲法9条を「変えない方がよい」は67%で、「変える方がよい」の24%を大きく上回まわり、「これからの日本の平和や東アジアの安定」に9条が「役立つ」と考える人は70%にのぼったと報じました。
 9条改憲については、安倍内閣当時の07年調査では、「変えない方がよい」49%、「変える方がよい」33%でした。今年は「変えない方がよい」が67%になり、日本の平和や東アジアの安定に9条がどの程度役立つかでは、「大いに役立つ」16%、「ある程度役立つ」54%と7割の人が役立つと評価しています。
 憲法の全体をみた場合は、改憲の「必要がある」は47%ですが、07年の58%から毎年減り、50%を割っています。その改憲理由も「新しい権利や制度を盛り込むべき」が72%(全体の34%)と圧倒的です。また、改憲の「必要がある」という人でも、9条は「変えない方がよい」が52%と多数派となっています。

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自民党、憲法「改正」原案提出へ。発議要件緩和

 5月3日付読売新聞電子版によれば、自民党は、5月18日の国民投票法施行後、憲法「改正」原案を今国会に提出する方針を固めたとのことです。原案は、憲法96条が定める国会が国民に憲法改正を発議できる要件の「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」を「過半数の賛成」にして、憲法「改正」を容易にしようという姑息なやり方です。
 国民投票法の施行後は衆院100人以上、参院50人以上の賛成で原案は提出でき、自民党は衆参両院で必要議員数を単独で確保しています。衆参両院の憲法審査会が機能していないため、原案が審査される見通しはないというものの、参院選に向け、自民党の憲法「改正」問題への「執拗な」姿勢に要注意です。

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【九条噺】

 大石又七さんは20歳のとき、マグロ漁船第五福竜丸に乗っていて水爆の白い灰をかぶり、頭髪は抜け落ち、嗅覚も失い、肺の腫瘍もどんどん大きくなったのだという。その身体で、妻とともにニューヨーク反核デモに大漁旗を掲げて参加した。同じ漁船に乗り合わせ、この被爆で命を落とした久保山愛吉さんへの思いも抱えて「核兵器を地球からゼロにしないと安心できないという根本に立ち返れ」と訴えた。NPT(核不拡散条約)再検討会議に先立つこの行動には被爆者も約100名が参加したと報じられている。長崎で被爆したマリア像を携えて参加した神父(自らも胎内被曝)の姿もあった▼アメリカでは、「原爆投下は戦争を早く終わらせるために必要だった」と思っている人々も少なくないが、被爆者らの訴えを聞いて、核廃絶へと思いを改める人も確実に増えているようだ。広島で「人間はみな、他人の痛みがわかる優しさを根源的に持っている。一人でも多くの人の心に私の言葉を響かせたい」と訴える被爆者の言葉を思う▼〝道程は未だ遠し〟だが、しかし世界は確実に廃絶に向っており、この会議がまた確かで大きな一歩となることを願う。それにつけても、今なお〝核の傘に安穏とする〟唯一の被爆国政府では余りに悲しい。(佐)

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5月の風に We Love 憲法
普天間基地問題も大本は安保条約の問題


 5月9日、プラザホープ(和歌山市)で「憲法九条を守るわかやま県民の会」の講演会が開かれ、小沢隆一・東京慈恵会医科大学教授が「憲法9条と日米安保50年」と題して講演されました。講演の要旨を3回に分けてご紹介します。今回は1回目。

東京慈恵会医科大学教授・小沢隆一氏 ①

 普天間基地問題は無条件撤去しかない。日米安保条約を是とした場合でも、こんなとんでもない基地を置いておくことはないと、撤去ということで合意できる基地だ。しかし、鳩山首相の大本に日米安保条約・日米同盟堅持という考え方があるので、沖縄の海兵隊は抑止力だという。安保肯定論からは抑止力かもしれないが、そもそも安保が何故存在するのかと考える立場に立つと、安保は日本の防衛のために役立つものではないと分かる。ものごとの根本に立ち返って考える必要がある。嘉手納基地を抱える町長は「安保条約に手をつけず基地撤去、国外移設と言っても無理。新しい政権には日米安保を再考する勇気ある決断を期待したい」と述べている。米軍にとって普天間基地よりはるかに重要な嘉手納基地を抱える町長からすれば、日米安保を何とかしてくれないと基地の問題は解決しないという考えがある。普天間基地も嘉手納基地も大本をたどれば安保条約の問題だ。だとすれば、安保条約を今一度原点から考えてみる必要がある。
 日本国憲法が施行された47(昭和22)年の4年後に安保条約がもう締結されている。この短い間は極めて重要な事柄が次々と起こった時期だ。日本国憲法は、日本が再び侵略国にならないための保障を9条という形で定めた。軍隊を放棄するのが最も確実な方法だとして9条が選び取られた。そして、前文で国際協調主義と平和的生存権とで、全世界の諸国民と一緒になって平和と生存とを守っていこうと誓った。
 憲法9条は制定してすぐに安保条約締結で危機を迎えることになる。サンフランシスコ講和条約締結の直後にこっそりと吉田茂首相が一人で調印するという危うい代物として締結された。その背景には朝鮮戦争がある。朝鮮戦争はせっかく掴み取った9条を、また新たな戦争が始められることによって破壊しかけた戦争であった。そもそも朝鮮戦争は、当時の日本やアメリカや占領軍といったその時の支配層がいろんな政治課題を抱えていて、その政治課題がそれぞれに思惑がずれて、合意ができない状態で、事態が先に進まない膠着状態に陥った時に、政治・外交状況を憲法をないがしろにし、一挙に平和を破壊して解決する方向に作用した戦争だった。まずアメリカ政府は日本にずっと基地を置きたがっていた。ところがマッカーサーは沖縄だけに基地を作りずっと確保できればいい、日本本土に基地はいらないと考えていた。アメリカ政府や軍は日本に駐留し続けたいのにその保障がない限り日本との間で講和は結べないと言っていた。日本国内は全面講和を求める声が広がっていた。沖縄県民の願いは早くアメリカ軍の支配から脱却し、本土復帰を成し遂げたいというものだった。そういう思いが複雑にからみあい、身動きがとれない状況にあったが、それらを一挙に解決する、日本と早く講和を結ぶ、講和の後も安保条約で基地を置く、というように全部解決してしまったのが朝鮮戦争だ。(つづく)

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沖縄には国際災害救助隊基地を
WBS和歌山放送・特別番組「憲法を考える」①


 5月3日憲法記念日の15時から20分間、WBS和歌山放送が「憲法9条を守る和歌山弁護士の会」の提供で特別番組「憲法を考える」を放送しました。その内容を2回に分けてご紹介します。今回は1回目。

豊田泰史弁護士が出演

 そもそも憲法とは何か

 国民が国家に「こうしてはいけない」「こうしなさい」と命令する法規です。国家権力を制限して国民の人権を保障するのが近代憲法です。国民の基本的人権を守るということが憲法の眼目になります。

 9条を簡単に言うと

 戦力の不保持、交戦権の否認を謳っています。日本国憲法は太平洋戦争で多くの人命が失われ、軍国主義や敗戦という苦い経験から生れたものです。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本とし、前文には平和的生存権を定めていますが、世界から注目をされています。

 何故憲法を守るのか

 改憲の動きは9条を改悪する動きです。日本を戦争ができる国に変えようという動きに繋がるから反対しています。9条はこの60年間軍事大国になることを抑えてきました。世界の人たちが9条を求めています。軍隊を持つと軍隊を使いたくなるという苦い経験があります。これが人類が進むべき方向を示したものと注目されています。

 戦争や平和を巡る動きは

 武力では紛争は解決しないということが分かってきました。アメリカは核廃絶に向け大きく政策を転換し始めました。NPT再検討会議が始まりますが、今こそ9条が世界のリーダーシップをとっていく時に来ていると思います。

 日本の情勢は

 普天間基地問題で揺れていますが、憲法で定める民主主義、9条の平和主義から言うと答えははっきりしています。沖縄県民の意思は米軍基地の撤去にある訳ですから、政府はその目標に向かって外交を進めていく以外に選択の道はない。米軍基地の移転先については日本がどうこう言うような問題ではない。日本政府は沖縄には米軍基地を置いておけないという明確なメッセージをアメリカに発信していくことだと思います。政府が揺れているのは日本の安保政策上、米軍基地を残しておきたいと考えている一部の人たちがいるからだと思います。軍隊は国民の生命を守るものではない。私は、沖縄には例えば国際災害救助隊基地を置き、世界に貢献するということが憲法9条を持つ日本に相応しい形だと思います。それが沖縄の軍事基地をなくすことへの有効なメッセージになると思います。(つづく)

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国際的な市民、心ある人たちの悲願は9条

 4月9日に亡くなった井上ひさしさんを偲び、08年6月21日に岐阜で開催された「九条の会」憲法セミナーでの井上さんの講演「ひとの都合では死なない」(要旨)を、4回(予定)に分けてご紹介しています。 今回は2回目。


井上ひさしさん講演 ②

 戦わない選択

 第2回ハーグ国際平和会議で、中立という権利が認められたので、第2次世界大戦で中立を通した国が6ヵ国あります。アフガニスタン、アイルランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイスの6ヵ国が戦争に加わらないで中立を選びました。中立を宣言する権利とともに義務もあることが確認されています。その義務は、戦争で起きる困難なことを中立国が全部引き受けるということです。
 例えば、戦争しているとき敵からの直の抗議は受け付けない。原爆が落とされて、日本政府がアメリカ政府に「一般市民を大量虐殺する非人道的な行為で、国際法違反だ」と抗議をする場合も、一旦スイスに抗議文を送り、スイスがそれをアメリカに送るわけです。このようにスイスはあらゆる国に公平にどんなことでも取り次ぐという仕事を引き受けました。
 スウェーデンは病院船をたくさん提供し、世界中どこへでも回す。傷病兵を連合国、枢軸国問わずみんなその船で本国へ帰したり、安全なところへ移して傷病の治療を続けるわけです。開戦で敵性外国人となった人々を本国へ返すために、スウェーデンの人質交換船が動きます。第1回のニューヨークからの人質交換船で帰ってこられた方の中に鶴見俊輔さんがおられたのは、有名な話です。鶴見さんは、「これは日本が完全に負ける戦争だ。でも、それなら負ける母国にいたい」と、スウェーデンの人質交換船で日本に帰ってきた。それが42年のことです。戦争が終わるまで、スウェーデンは船をたくさん出して、枢軸国、連合国を問わず助けました。
 アメリカでは、10ヵ所の大規模な日系人強制収容所ができました。当時カリフォルニアには、約12万人の日系人がいました。れっきとしたアメリカ市民です。41年12月26日、ルーズベルト大統領はその日系人を全部強制収用します。何故したかというと、日本軍は真珠湾までこっそりやってきた。また、こっそりカリフォルニアに来るんじゃないか。もし、日本軍がカリフォルニアに上陸して、日系人と手を結んだら、大変なことになると考えたのです。
 収容所は1万人単位の大キャンプで、財産は没収され、許されたのは手荷物を2個だけ。やがて収容された1万人が、助け合って自活を始めますが、豆腐は作れたが、納豆がどうしてもできない。収容されるとき、納豆菌はだれも持ってこられなかったのです。中立国家のスペインは、アメリカが国際法に違反した待遇をしていないか、サンフランシスコにあったスペイン総領事館の館員たちが強制収容所を見て回っていました。その領事館員にキャンプの日系人は「納豆菌がどうしても必要だ。食料が少ないから、生きていくのに納豆がいる」と訴えたのです。スペイン総領事館の館員はその訴えを聞き、「カリフォルニア州の10ヵ所の強制収容所の日系市民たちが納豆菌を要求している」、とスイスに伝え、スイスがそれを日本に取り次ぐ。そこで日本からスウェーデンの船で納豆菌を運ぶ。半年後にはアメリカの10ヵ所のキャンプで納豆が食べられるようになりました。こんな仕事を中立国はやらなければいけなかったのです。
 どうしても戦争しなければいけないということはないのです。どんな国にも中立する権利があり、誰かが始めたら、「はい、中立します」と宣言すればいいのです。ただし、義務も生じる。中立は国家の権利であることは、あまり知られていません。そして、第2次世界大戦のときにそれを貫き通した6ヵ国があったということも。

 緩い約束がやがては堅い約束へ

 第3回目は、国連とNGO700団体の共催でハーグ国際市民平和会議として1999年に開催され、約100ヵ国、8000人が集まりました。そこで決まった「公正な世界秩序のための10原則」の第1原則が「世界各国の議会は日本国憲法第9条にならい、自国政府が戦争することを禁止する決議をすべきである」でした。
 政治とは、国有財産と税金の再分配です。限られた予算では、社会福祉や教育費は少し絞ってでも、軍備をしないと危ないという人もいます。逆に軍備はいらない、何かあったら中立宣言を出せばいいという人もいます。
 僕の考えは、アメリカで新しいのができると、それまで使っていた中古品が自衛隊にくる。その間、訳の分からないお金が動いている。もうそんなのはいいから、大砲はどこかのおもちゃ屋にでもずらっと並べておいて、なんかあったら独立する。そのかわり軍事費の年間5兆円というお金で、自衛隊を国際救助隊にする。だって、日本の救助隊が亡くなった方を黙祷するだけで中国との硬い氷が融けかかる。外交官1千人分ぐらいの仕事をするわけです。24万人からなる自衛隊をすぐやめるというのは理不尽ですから、そっくり国際救助隊にしてしまう。災害は世界中で起こりますから、起こる前にもう自衛隊が来ているというくらいに世界中で人助けすれば、日本は尊敬されると思います。そこを攻めようという国はないでしょう。
 第2回と第3回が1907年から90年も間が空いたのは、この間、世界は2度の世界大戦をやり、さらにいくつもの地域戦争があって、要するに平和を考える余裕がなかったのです。1999年にようやく第3回のハーグ国際市民平和会議を開いて、「公正な世界秩序のための10原則」を決めました。その第1項は「各国議会は、日本の憲法第9条のように、自国の政府が戦争をすることを禁ずる決議をすること」。つまり、100年間繰り返された戦争を経て、いま国際的な市民、心ある人たちの悲願は9条なのです。その本家本元の憲法が変わったらどうなるんでしょうかね。
 最初に言いましたように、宣言とか行動計画というのは緩い約束です。「公正な世界秩序のための10原則」も行動目標で、緩い約束です。これがやがて次に堅い約束、国際条約、国際法にかわっていく。20世紀というのは、一方では市民が亡くなる割合が驚異的に増えていく戦争がいくつもあって、テロもあったけど、同時に一方では、人類はそれだからこそ、なんとか戦争しないで進んでいく道はないかということも探っていたのです。(つづく)

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(2010年5月15日入力)
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