「九条の会・わかやま」 197号を発行(2012年7月20日付)

 197号が7月20日付で発行されました。1面は、権力者にこそ憲法を守らせよう「紀宝9条の会」が「夏の憲法講演会」開催、政府の分科会 集団的自衛権行使容認を提言 野田首相「解釈変更」に踏み込む姿勢を示す、九条噺、2面は、警戒!自民党が集団的自衛権を認める「国家安全保障基本法案」提出へ、「憲法9条についての国民投票」主張 橋下維新が「八策」改定案、勝負は国民投票だと考え国会審議を油断するのは禁物(浦田一郎氏 ② )  です。

    ――――――――――――――――――――――――――――――
[本文から]

権力者にこそ憲法を守らせよう
「紀宝9条の会」が「夏の憲法講演会」開催

 三重県の最南端・紀宝町の「紀宝9条の会」は、7月8日「夏の憲法講演会」を開催しました。和歌山県東牟婁と三重県南牟婁の九条の会が参加する「くまの平和ネットワーク」との共催。和歌山県那智勝浦町から三重県熊野市までの約85名が参加しました。
 はじめに、「なぜ紀伊半島には原発がないのか」について、和歌山、三重の反原発運動を支えた方々の報告があり、憲法講演会に移りました。
 講師は、三重短期大学法経科准教授の三宅裕一郎氏。「憲法をめぐっていま、起こっていること」のテーマで、東日本大震災に隠れて見え難くなっている憲法を取り巻く様々な動きを解説されました。
 3・11以後の改憲動向として、民主・自民などの超党派議員で構成する「憲法96条改正議員連盟」が改憲発議要件を2分の1にハードルを下げようとしていること。衆参両院で憲法審査会が始動し、佐藤正久参院議員(自)が集団的自衛権の行使を可能とするよう求める発言を行ったこと。年末には野田内閣が武器輸出3原則の緩和を決定したこと。今年4月に入って自民党を始めいくつかの党が改憲案や憲法草案を発表したことなどを紹介。
 続いて自民党の「日本国憲法改正草案」の問題点として、①保守的色彩の濃い復古調が際立つ②「軍隊」を正当化③基本的人権への安易な制限の危険性④災害に便乗した緊急事態条項の規定⑤改憲発議要件の緩和⑥憲法を守るべき立場の主客転倒、を挙げ、憲法とは国家が個人の権利や自由を侵してはならないという、国家に課せられた制限規範であるという常識さえ分かっていない、自民党の無知蒙昧の産物と論破されました。
 改憲論に共通する①「改憲発議要件の緩和」は、憲法尊重擁護義務を負う者たちによる法的クーデター、②「自然災害を利用した緊急事態条項の規定」は、今まで出来ることをしてこなかったことこそ問題、と指摘されました。
 最後に、「護憲」という言葉を問い直し、権力者にこそ憲法を守らせるという意味で、「制限規範」としての憲法を我々ももっと自覚しよう、と呼びかけられました。(事務局長・松原洋一さんより)

    ---------------------------------------------

政府の分科会、集団的自衛権行使容認を提言
野田首相、「解釈変更」に踏み込む姿勢を示す


 7月7日付朝日新聞は、「国家戦略会議フロンティア分科会は6日、野田佳彦首相に2050年に向けた日本の将来像を提言する報告書を提出した。憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を認めるよう求めるなど、首相の持論に沿った内容となった」と報じています。
 「フロンティア分科会報告書(概要)」では、「自衛手段として一定の安全保障能力を保持することが重要。アメリカや価値観を共有する諸国と安全保障協力を深化し、ネットワーク化を目指すべき。安全保障協力を深化させるためにも、協力相手としての日本の価値を高めることも不可欠であり、集団的自衛権に関する解釈など、旧来の制度慣行の見直し等を通じて、安全保障協力手段の拡充を図るべき」と述べています。
 また、10日付朝日新聞は、「野田首相は9日の衆院予算委員会で、政府が行使を禁じている集団的自衛権について『政府内での議論も詰めていきたい』と述べ、憲法解釈の見直しを検討する意向を表明した。野田政権の有識者会議『フロンティア分科会』が憲法解釈の変更を提言したことを踏まえた発言だ」と報じました。
 今や「自民党野田派」と揶揄される野田首相ですが、13日付朝日新聞は、「首相は12日の衆院予算委員会で、自民党の国家安全保障基本法案(裏面参照)に関して『集団的自衛権の一部を必要最小限度の自衛権に含むというのは一つの考えだ』と評価した。自衛権の対象を広げて行使を認める考え方にも理解を示した」と伝えています。
 野田首相は、09年の著書では「集団的自衛権は認めるべきだ」との考えを示していますが、首相就任後は集団的自衛権について「解釈を変えないが議論はあっていい」と言っていました。ここにきて「集団的自衛権の解釈変更」に踏み込む姿勢をしめしたものです。「国家安全保障基本法案」を掲げる自民党と一緒になって「集団的自衛権」行使容認や改憲にまで進もうとする警戒すべき事態です。

    ---------------------------------------------

【九条噺】

 日中国交回復は平和のために欠かせない課題だとの思いで青春の多くをその運動に注いできた。 故に、念願の国交回復(1972年)は大いなる歓びとなるはずだったが、実際は〝歓びも中くらい〟だった。67年頃より中国では「文化大革命」なる権力闘争の嵐が吹き荒れて、本来のあるべき友好・交流も極めて困難な状況が続いていたからである。しかし、少なくともこれで両国の〝戦争状態〟には終止符がうたれた▼国交回復によって両国間の交流は飛躍的に増え、この40年間で貿易量は300倍以上、人的交流は約500倍にもなった。ところが最近のある世論調査によれば、中国に対して良くない印象をもっている日本人は8割以上、日本に良くない印象をもっている中国人も6割以上という結果が出ているらしい。これは両国間に多くの誤解があることにも起因する▼日本では中国の一部の問題がマスメディア等で肥大化されて毎日のように伝えられている。他方、中国国民の多くは日本人がみな南京虐殺を否定し、石原都知事と同じように中国を敵視・否定する立場だと思っているらしい。こうした双方の誤解を解く最も確かな力もまた双方国民の絆を強める友好運動だと思う▼〝上からの改革〟をじっと待ち続けるのは考えものだ。対米一辺倒の歪んだ外交も〝下から押し寄せる力(運動)〟でこそ正される。(佐)

    ---------------------------------------------

警戒!
自民党が集団的自衛権を認める「国家安全保障基本法案」提出へ


 7月7日付朝日新聞は、「自民党は6日の総務会で、集団的自衛権の行使を可能にする国家安全保障基本法案の概要を了承した。憲法改正をしなくても、国連憲章で定められた集団的自衛権の行使は可能とする内容。次期衆院選の政権公約に位置づけ、政権を取れば法案を提出する考えだ。法案では、『我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態』を挙げて、集団的自衛権を行使できるとした」と報じています。
 法案の10条では、「国連憲章に定められた自衛権」を行使する場合として「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態であること」と、「集団的自衛権」行使を明確に主張しています。11条では、「国連の集団安全保障措置への参加」について「目的が我が国の防衛、外交、経済その他の諸政策と合致すること」などの条件をつけ、武力行使も認めています。
 「集団的自衛権」は、「自衛」とは全く別物で、他国と軍事同盟を結び、その国のために戦うことです。現在の日本ではアメリカ以外にはあり得ません。日本の防衛ではなく、アメリカ防衛のために自衛隊が海外で戦争をするということです。
 過去の自民党政権は憲法9条のもとで、「武力行使が許されるのはわが国に対する侵害であり、他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は憲法上許されない」としてきました。今回の「法案」は憲法で許されないと言っているものを認めるという、まさに最高法規である憲法の上位に立法しようというものと言わなければなりません。

    ---------------------------------------------

「憲法9条についての国民投票」主張
橋下維新が「八策」改定案まとめる


 7月5日付日経新聞は「大阪維新の会は5日、『維新八策』の改定案をまとめた」「防衛分野では『日本の主権と領土を自力で守る防衛力と政策の整備』と記載。憲法9条を変えるかどうかを国民投票に諮る考えも盛り込んだ」と報じました。
 「憲法改正」では「改憲発議要件緩和」「首相公選制」などとともに「憲法9条を変えるか否かの国民投票」を掲げています。「中立を装って」国民投票を行い、9条改憲のムード作りをするというのが彼らの魂胆です。橋下氏は実際には「自分の命に危険があれば、他人は助けないというのが9条の価値観」などと9条を攻撃しています。

    ---------------------------------------------

勝負は国民投票だと考え、国会審議を油断するのは禁物

 6月9日の「九条の会発足8周年学習会」で、明治大学教授・浦田一郎氏が話された「『専守防衛』論と国会審議の重要性」を、「九条の会」ニュース159号から2回に分けてご紹介しています。今回は2回目で最終。(紙面スペースの関係で若干要約しています)
浦田一郎氏 ②

 憲法審査会が動き出し、明文改憲への「開業準備」です。改憲で考えておきたいのは、基本原則を維持した上で、それ以外の部分を変える改正か、基本原則自体を変えてしまう新憲法の制定かということです。憲法96条を前提としてやれることには限界があるという憲法改正限界説があり、改憲にブレーキをかける役割をしています。ところが、逆に基本原理自体を変えてしまえば、前の憲法の手続きに縛られる理由はないと、石原都知事のような「日本国憲法破棄」という議論も形式的には成り立ちます。憲法改正だけ考えても、全面改正と部分改正があります。そうすると憲法96条の改正手続に基づいて、基本原理は変えないが、憲法全体を変えてしまうことができるのかという議論があり、私は疑問に感じますが、学界の多数説はできるということです。
 今いろんな改憲案が出ていますが、まとまっているのは自民党が4月に発表した「日本国憲法改正草案」です。9条を見ると、表題が「戦争放棄」から「安全保障」に変わり、9条1項の戦争放棄の規定をほぼ残しますが、2項に「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」という規定を置きます。わざわざ「自衛権」と言ったのは1項で戦争放棄を残したからです。この「自衛権」には個別的自衛権も集団的自衛権も含まれるとしています。そして9条の2をおき、その1項で「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため」「国防軍」を持つとしています。これは個別的自衛権です。2項でシビリアンコントロール、3項で国際活動や警察活動が言われていますが、この定義が非常に広い。4項に組織規定とか軍事機密の保護に関する規定がおかれます。5項で軍事「審判所」を置くとしています。そして9条の3で領域保全とか資源確保に関して武力攻撃が行われれば、個別的自衛権の問題になります。
 また、現在の3分の2以上とされる改憲の発議要件を「過半数」に緩和しています。全体として自民党案は保守性が強い。党内事情だけではなくて改憲論議全体を保守的な方向に引っ張っていく意味があると思います。
 次に国会による発議と国民投票の問題です。憲法96条に改憲のときは国民投票をするとあります。「憲法を改正しましょう。これでどうですか」というのが発議の意味です。改憲に反対の人は発議することにも反対する。当り前のことです。以上は理屈で、実際には、発議は3分の2という特別多数、国民投票は過半数ですから、基本的には3分の2で発議されたのに国民投票で否決される可能性は少ない。改憲派は国民投票で勝てる見込みがたった時しか発議しないはずです。そうすると大事なのは国民投票段階ではなく、発議段階です。現在の国会審議がいかに重要かということです。勝負は国民投票だと考え、国会審議に油断するのは間違いです。
 具体例として維新の会をあげますが、橋下さんは瓦礫処理に反対する国民の態度は9条からきていると言います。しかし維新八策には9条改憲は入れていない。これから2年間議論して96条とは無関係に重要な国政に関する問題として国民投票を行い、国民の意向を見てから9条改憲に取り組むというのです。これは96条の外にある任意的国民投票です。従ってこれに反対とは言いづらい。そして、このような国民投票を行うことで9条改憲のムードづくりという効果が生じる。重要な国政問題について国民投票を行う法律をつくる必要がありますが、それ自体、9条に賛成か反対か言わないまま9条改憲のムードづくりを行う議論です。(おわり)

    ――――――――――――――――――――――――――――――
(2012年7月21日入力)
[トップページ]