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「九条の会・わかやま」 198号を発行(2012年8月10日付)

 198号が8月10日付で発行されました。1面は、紀州おどり「ぶんだら節」「九条連」8年連続の参加、2012平和のための戦争展わかやま、九条噺、2面は、「九条の会」呼びかけ人 三木睦子さん死去、当会呼びかけ人・宇江敏勝さん 高木歓恒さんらが呼びかけて 「維新の会」教育考えるパンフ完成   です。

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[本文から]

紀州おどり「ぶんだら節」
「九条連」8年連続の参加


 今年も8月4日に開かれた第44回「紀州おどり」(正調ぶんだら節の部)に「九条連」が出場しました。05年の初出場から数えて8年連続の参加です。出場者は、昨年と同レベルの約50名で、やや参加者数が低迷しているのは気になりますが、「継続は力なり」を合言葉に、「九条連」が和歌山の夏の風物詩になるよう、末永く出場を続けていきたいと思います。未経験の方も、一度参加してみませんか。ゴールまで踊りきった後の爽快さは経験した者でなければ分かりませんよ。(写真も文章も金原徹雄弁護士より)



  


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2012平和のための戦争展わかやま

 「2012平和のための戦争展わかやま」が、「戦争のない平和な社会へ」をテーマに、今年も8月3日〜4日、わかやま市民生協組合員ホールで開催されました。
 ステージでは2日間にわたって、「特攻」「和歌山大空襲」などの戦争体験が小松雅也さんら3人の方から語られ、講演、朗読、読み聞かせも行われました。会場一面にはパネル展示がありました。

 「和歌山の戦跡」コーナーでは、友ヶ島地下壕、本脇トーチカ、和歌山城の防空壕、串本水上艇基地跡など、和歌山県下にある戦跡が紹介されています。

 「和歌山大空襲」のコーナーでは、45年7月9日に和歌山市を焦土にした大空襲の猛威をパネルが示します。逃げまどい命を失った人々のことを考えさせられます。焼けてしまった和歌山城、焼け野原になった和歌山市内の写真、そして、米軍偵察機が撮影した2枚の巨大な和歌山市の航空写真、45年6月22日の「空襲前」と7月22日の「空襲後」の焦土となった和歌山市内の中心部が目を引きます。さらに、「消えた小学校」では、和歌山大空襲で消えた小学校の資料や当時、小学生だった方々の思い出がパネルになり、自分の学校が消えてしまった痛みが伝わります。

 「原爆と人間」コーナーでは、ヒロシマ・ナガサキの原爆の惨状を描いた絵や被爆者の写真などが多数展示されていました。これ以上の被爆者を許してはいけないという思いを強くさせます。戦後の核実験の被害のパネルもあり、核兵器廃絶の課題を意識させます。

 「原発問題」のコーナーでは、原発問題の基本を学ぶ≠ニ題して、「原発とは何か」「放射能とは」「外部被爆・内部被曝とは」など基本的な解説で、「シーベルト」や「ベクレル」なども解説されていました。そして、「福島で起きていること」「原発事故の実態」なども展示され、「原発は原爆の材料工場」ということが分かります。原発ゼロを目指すことは核兵器廃絶にもつながることを示していました。

 「戦前・戦中の現物」展示もあり、出征兵士への「幟旗」や「武運長久の寄せ書きの日の丸」、「焼夷弾」「軍靴」「鉄兜」、ビルマの戦場で掘り起こしたものの現物もも展示されていました。

 「平和への思いを届けよう」と色紙への寄せ書き、折鶴つくりも行われてていました。

 2日目のピースライブでは、藪下将人さんとToyBoxの歌が演奏されました。藪下将人さんは、和歌山放送などのラジオに出演し活躍中です。ギター弾き語りで「がんばれ故郷」「アイラブわかやま」などを披露して拍手を受けました。ToyBoxの2人は結成以来24年ずっと平和をテーマに歌ってきたと話され、「ヒロシマの有る国で」など平和の歌を歌って会場にしっかりメッセージを届けていました。最後は来場者と一緒に「翼を下さい」などを歌って終わりました。

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【九条噺】
 随筆家・梅田恵以子さん作詞、和歌山大学名誉教授・森川隆之さん作曲による「紀州の愛唱歌」は、県下各地の豊かな自然や文化・歴史を歌い上げる素敵な紀州賛歌だ。お二人がともに当会のよびかけ人でもあることがよけいに嬉しい。いずれも耳に心地よくひびく曲ばかりだが、なかでも「熊野恋う」に惹かれている。男性歌手が朗々と歌い上げれば熊野の底知れぬ魅力がいや増すように思う▼ところで沖縄は琉球王朝の時代から熊野信仰との縁が深いそうだ。現に沖縄にある神社の多くは熊野速玉大社の分社となっている。その速玉大社には推定樹齢1000年ともいわれるナギ(梛)の神木があるが、熊野古道を歩いた人々が道中の無事息災と現世安穏(平和)を祈ってナギの葉を持ち帰ったとされることから「ナギは平和の象徴」ともいわれてきたのだという▼1972年、香川県の植木職人・山地義一氏が沖縄の日本復帰を記念して、ナギの神木の苗木を500本育てて沖縄の学校に贈った。そして今も沖縄県下のいくつかの学校ではナギの木が立派にそだっている由。豊見城市の南部農林高校では復帰40周年に合わせ、ナギを沖縄と熊野をつなぐ平和の木として顕彰する式典も行われた▼速玉大社の上野宮司も「ナギは平和への思いを込めた生き証人。一人の志ある職人の心を縁ある者が広げたい」という。かなうならこのナギの神木の苗、さらに全国各地へと広げてより確かな平和の絆として育てていきたいものだ。(佐)

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「九条の会」呼びかけ人 三木睦子さん死去

 「九条の会」呼びかけ人・三木睦子さんが7月31日、95歳で死去されました。謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りいたします。8月3日付の朝日新聞電子版の記事をご紹介します。

 74年12月に三木政権が発足すると、首相夫人として政治活動を支えた。88年に元首相が死去してからも、従軍慰安婦の補償問題、護憲にかかわる運動などに積極的にかかわった。04年には作家の大江健三郎さんらとともに、憲法9条を守ろうと訴える「九条の会」を結成。アジア婦人友好会会長、国連婦人会会長なども務めた。
 三木睦子さんは、夫・武夫氏の死後も、日朝の国交正常化や従軍慰安婦の補償問題、護憲運動などに積極的に関わってきた。親交のあった関係者は、その姿に敬意を示した。
 「国のため、献身的に行動する人だった」。村山富市元首相は2000年に北朝鮮を一緒に訪問した際、三木さんが「お土産に」と用意した自作の茶わんが忘れられない。日本と韓国、北朝鮮の土をこねてつくったものだった。「3国間の望ましい姿を伝えたかったのでしょう」  村山首相時代の95年、元従軍慰安婦への償いを目的にした「女性のためのアジア平和国民基金」をつくった際には、呼びかけ人の一人になった。
 「九条の会」の呼びかけ人として、ともに名を連ねたノンフィクション作家の澤地久枝さんは三木さんが「平和のために、ものを言うのはごく普通のこと」とよく口にしていたのを覚えている。最後に会ったのは、昨年5月にあった九条の会の打ち合わせ。「もう年だから」と言いながら、足元は以前と変わらぬハイヒール。おしゃれなところは変わっていなかった。
 同会の呼びかけ人の一人で哲学者の梅原猛さんも「出しゃばらず、つつましい方。三木さんのような方がいたおかげで、広く国民に平和憲法を守ることを訴えられた」という。
 在日コリアン3世の人材育成コンサルタント・辛淑玉(シン・スゴ)さんは各地で護憲を訴える「憲法行脚の会」などで行動を共にした。「戦後の日本が積み残してきた問題すべてに取り組んだ『一人日本国憲法』のような人だった。りんとして美しい、日本の良心でした」

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当会呼びかけ人・宇江敏勝さん、高木歓恒さんらが呼びかけて
「維新の会」教育考えるパンフ完成

 和歌山大学の久保富三夫教授、作家の宇江敏勝さんや元和歌山県・市PTA連合会長・阿弥陀寺住職・高木歓恒さんら県内著名26氏が呼びかけたパンフレット「大阪の教育『改革』を考えませんか?」が発行されました。
 パンフは、橋下「大阪維新の会」が進める学校間競争の強化、学校選択性導入、教育予算の大幅削減、「発達障害は親の愛情不足」「教育は2万%強制」などという特異な教育観、教職員への管理強化、首長が教育行政を動かすなどの問題点を指摘。子どもたち一人ひとりに豊かな学力をつけることや、教職員の増員など学ぶ環境をよくすること、地域に根差した学校づくり、学校や子ども・保護者を応援する教育行政などを提案し、子どもたちの笑顔あふれる学校を作ろうと呼びかけています。

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発 行:「大阪維新の会」の教育政策を考えるパンフレット編集委員会
連絡先:和歌山合同法律事務所
    рO73・433・2241

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(2012年8月11日入力)
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