奥平康弘さん ②
加藤典洋という文学評論家がいます。彼は15、6年ちょっと前に『敗戦後論』という本を書き、その中で、敗戦という超絶的な運命を日本・日本国民はどのように受け止めたかを論じ、押しつけられた憲法から出発したことをきちんと自覚し、そういった性質のものを自分たちはあらためて「選び直すべきだ」と論じています。
「選び直し」とはどういうことか。私などは、たとえば砂川訴訟などを通じ、憲法9条を見ていただけではなく、私たちもいっしょになって守ろうとした。つまり、加藤さんの言葉を使うと、そういう形で私たちは「選び直す」ということをずっと続けてきている。憲法9条に関する訴訟で、紛う方なくその時その時のその状況にあわせて、私たちは9条の魂を選びとってきた。それは「55年体制」以降、今にいたるまで。
それを培ったのは何か。ちょっとおもしろい話をご紹介しますが、「自衛隊があったからって困ることはない。何も憲法9条を改正する必要はないじゃないか」という議論がある。自衛隊は国民に受け容れられている、という種類の改正反対論あるいは改正消極論です。
そういう議論に対し、加藤典洋氏の、「十年後の敗戦後論」という論文(『論座』07年6月号)がある。今はもっと危機が深まっていると言える時期ですが、10年後の論文でも相変わらず「選び直せ」と書いている。しかし他の視点もある。自衛隊がいて困ることはない、何も憲法を変える必要はない、という評論家がいるが、彼は「イヤちょっと待て」と言う。「この憲法はいったい何を戦後の日本に与えてきたのか。この憲法は何を戦後国民に与えてきたか。それを一言で言うと、高邁な理念である。これは失うべきものであってはならない」と言う。さすが文学者というのはこういう感情を持っているのかと感心しました。
日本国憲法は押しつけられたなどといいますが、亡くなられた加藤周一さんは、「押しつけられたからといっても、中身がよければいいではないか」とおっしゃった。9条も押しつけられたということはあるかもしれない。しかし、あの「高邁な理念」を、押しつけられた私たちが私たちの感度に合うものとして承認し、「選びとってきた」。裁判一つひとつとっても選びとってきた。国民のものになってきた。9条をめぐる争いをつうじ、9条はいかなる字句の改正もなしに今でも生命力をもっている。
これが気にいらないので、自民党が改正案を出しました。それは、9条だけをもってくることは避けた。いついかなる世論調査をしても9条は人気がある。だから、水増しして全文改正にする。けれども中心になっているのは明らかに9条です。しかも自民党も96条改正を出してきている。自民党草案は、「この憲法の改正は、衆議院または参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない」。明らかに過半数という言葉と3分の2の違いは小さな違いに思われがちなほど技術的な要素がある。
ここにきて、いろいろな矛盾をさまざまな分野で激化させているので、なんとか転機を見いださなければならないというのがこうした動きの背景にある。そういう重要な時期にあることを強調したいし、そのなかでわが九条の会は結成時の原点にたって草の根からの運動をすすめて、9条の魂を空虚な理想だなどと言わないで、今一度われわれは「選びとる」ことをしたいと思います。
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【九条噺】
今年は荒木栄の没後50年。うたごえサークルを中心に荒木栄について語り、彼が作曲した歌を合唱する等の催しが全国各地でおこなわれていると聞く。以前このコラムでも紹介した合唱組曲「地底のうた」も彼の作品である▼「炭鉱労働者」といえば、最近、上野英信(1923~87)という素晴しい人のことを知った。上野氏は京都大学を中途で辞め、故郷も捨てて筑豊で炭鉱労働者になり、退職後は記録作家として『追われゆく坑夫たち』(岩波新書)などの作品を発表、前近代的な炭鉱労働の実態や閉山で路頭に迷う多くの人々の窮状を訴えた。晩年は晴子夫人と共に旧炭住に「筑豊文庫」を開設し、自らは「炭鉱の語り部」として活動を続けた▼晴子夫人(1926~97)が著した『キジバトの記』(海鳥社)はとてもすぐれた作品で、英信氏の人となりや夫妻の暮らしぶりなどが生き生きと伝わる。それによると、「社会変革の闘士」のような英信氏だが、家庭内ではしばしば〝暴君〟であった由。「『法皇の騾馬(らば)になる』と歯を食い縛って耐えることもあったが、記録文学者・英信に対する尊敬は最後まで揺らぐことはなかったし、私を筑豊に連れてきてくれたことに感謝していたから、ここではついに『法皇を蹴飛ばす』結果にはならなかった」と晴子夫人▼この夫妻は目下筆者の〝元気の素〟である。なお、夫妻の一子上野朱(あかし)さんは「むなかた九条の会」呼びかけ人としてもご活躍である。(佐)
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押し付けられたのは当時の遅れた発想の日本政府
11月3日の「第9回憲法フェスタ」で関西大学法学部教授・吉田栄司さんが「改憲派は憲法を変えて日本をどんな国にしようとしているのか」と題して講演されました。その要旨を3回に分けてご紹介しています。今回は2回目。
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