「九条の会・わかやま」 225号を発行(2013年8月8日付)

 225号が8月8日付で発行されました。1面は、紀州おどり「ぶんだら節」今年も「九条連」9年連続出場!、2013平和のための戦争展わかやま、九条噺、2面は、許されない麻生氏の暴言「ナチスの手口に学んだらどうかね」、内閣法制局長官に集団的自衛権容認派  です。

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[本文から]

紀州おどり「ぶんだら節」
今年も「九条連」9年連続出場!


 8月3日、今年も「九条連」が紀州おどりに出場しました。2005年以来連続9回の出場です。「私たち憲法9条を守る和歌山弁護士の会と9条ネットわかやまは、世界に誇る平和憲法9条を守り、再び戦争の惨禍が起ることのないように活動しています。戦後68年、平和な日本を築き上げてきた憲法9条に感謝しながら、力いっぱい踊ります」と、変わらぬ精神で踊り続けています。今年は、総勢60人の内、子どもさんが20人も参加して、横断幕や幟を持ったり、大人に混じって踊ったりと大活躍でした。是非、来年以降もこれを「九条連」の特色にしていきたいですね。(写真、文章とも金原徹雄弁護士より)





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2013平和のための戦争展わかやま

 「2013平和のための戦争展わかやま」が、「戦争のない平和な社会へ」をテーマに、今年も8月2日〜3日、わかやま市民生協組合員ホールで開催されました。
 ステージでは2日間にわたって、「和歌山大空襲」などの戦争体験が4人の方から語られ、朗読、紙芝居、大型絵本の読み聞かせ、昔話、ピースライブも行われました。会場一面にはパネルが展示がされました。
 「和歌山大空襲」は、今年も会場入り口に45年7月9日に和歌山市を焦土と化した大空襲の猛威がパネル展示されました。米軍偵察機が撮影した2枚の巨大な和歌山市の航空写真、45年6月22日の「空襲前」と7月22日の「空襲後」の焦土となった和歌山市内の中心部が目を引きます。

 「戦争への道」のコーナーでは露戦争」や「15年戦争」の発端となった「盧溝橋事件」を展示し、如何にして国民が戦争に巻き込まれていったかを訴えます。

 「和歌山の戦跡」のコーナーでは、友ヶ島地下壕、本脇トーチカ、和歌山城の防空壕、串本水上艇基地跡など、和歌山県下にある戦跡が紹介されています。

 「原爆と人間」コーナーでは、ヒロシマ・ナガサキの原爆の惨状や被爆者の写真などが多数展示されていました。これ以上の被爆者を許してはいけないという思いを強くさせます。戦後の核実験の被害や原発事故関連のパネルもあり、核兵器廃絶や脱原発の課題を意識させます。

 「戦前・戦中の現物」展示もあり、出征兵士への「幟旗」や「武運長久の寄せ書きの日の丸」「軍靴」「鉄兜」「水筒」、そして、戦時下の子どもの作品などの現物も展示されていました。

 「戦争と女性の人権を考える」コーナーでは、「日本軍『慰安婦』とは何か」「慰安婦はいなかったのか」「日本軍『慰安婦』は訴える」「日本政府は真の謝罪を」などのパネルで日本軍「慰安婦」問題を大きく取り上げました。
 「輝け!日本国憲法」のコーナーでは、「憲法は国民から政府への命令書」「自民党改憲草案が目指す日本はどんな国?」「日本国憲法は今も最先端」「基本的人権の一覧」「日本国憲法の5つの原則(国民主権、基本的人権、平和主義、3権分立、地方自治)」「憲法9条が21世紀の世界の指針に」などが展示され、日本国憲法を守ろうと訴えました。

 「戦争に反対した人々」の展示もありました。  「平和への思いを届けよう」と色紙への寄せ書き、折鶴つくりも行われていました。
 2日目のピースライブでは、藪下将人さんとToyBoxの歌が演奏されました。藪下将人さんは、ギター弾き語りで「がんばれ故郷」「アイラブわかやま」などを披露して拍手を受けました。ToyBoxの2人は結成以来25年ずっと平和をテーマに歌ってきたと話され、「青い空は」など平和の歌を歌って会場にしっかりとメッセージを届けていました。

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【九条噺】

 「花岡事件」は秋田県の花岡鉱山に強制連行された中国人労働者が一斉蜂起して鎮圧された事件だ。当時、日本は中国などへの侵略拡大をはかる一方で、国内の「重筋労働」の労力不足を補うために「華人労務者内地移入」を閣議決定し、国民党軍・八路軍の俘虜に加え、「兎狩り」と称して捕らえた一般人を日本に連行した。その数は全国で135箇所4万人に達し、そのうち花岡の鹿島組には986人が配属された。内務省は鹿島に対し「濡れタオルの水が一滴もなくなるまでしぼる方針をとれ」と指示した▼鹿島の工事現場では、粗末な食事、過酷な労働・虐待が続いて死者もあとをたたず、短期間で130人に及んだ。こうして45年6月30日の夜、奴隷のような待遇に堪えてきた労働者たちが「せめて人間の尊厳を守りたい」と死を賭して蜂起した。しかしこれも憲兵・警察・在郷軍人会・警防団に全員が捕らえられ、炎天下での拷問でさらに100人近くも死んで、結局、鹿島組に配属された中国人の半数近い419人の命が奪われたのである▼戦後、いろいろな経過を経て90年7月、鹿島は遂に花岡事件を強制連行・労働に起因する歴史的事実として認め、「企業としても責任が有ると認識し、当該中国人生存者及び遺族に対して深甚な謝罪の意を表明する」と明記した共同発表に同意し、損害賠償訴訟等も2000年には東京高裁で和解が成立した。以来、遺族や両国の関係住民の交流も地道に続けられている。(佐)

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許されない麻生氏の暴言
「ナチスの手口に学んだらどうかね」


 麻生副総理が憲法に関連し、「ナチス」の「あの手口に学んだらどうか」と発言したことが大問題になっています。
 朝日新聞(デジタル)8月1日付によると麻生氏の発言のナチスに関わる部分は、「ヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で政権を取ったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください」「憲法はある日気付いたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気付かないで変わった。あの手口学んだらどうかね」というものです。
 しかし、これには大きな間違いがあります。ナチスは1933年2月27日に国会議事堂放火事件をデッチあげて、ドイツ共産党、社会民主党の議席を剥奪し、法律の制定権を国会から政府に移し、憲法の制約を解除する「全権委任法」を、武装部隊が議場を取り囲む中で強行採決、ワイマール憲法を機能停止に追い込み、ナチス以外の全ての党を解体、ヨーロッパ諸国などへの侵略やユダヤ人虐殺を強行していったのです。国民は「納得した」のではなく封じ込められたのです。「ある日気付いたら」といったものではなく、強烈な暴力と弾圧で独裁体制を築いていったのです。また「ナチス憲法」などは存在しません。
 麻生氏は、「悪しき例としてあげた」と釈明しますが、「あの手口を学んだら」は、どう聞いても肯定的表現です。そんな麻生氏は国政に携わる資格はないと言わなければならないでしょう。

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内閣法制局長官に集団的自衛権容認派

 8月2日の毎日新聞は、「安倍首相は2日、内閣法制局・山本庸幸長官の後任に小松一郎駐仏大使を充てる方針を固めた。小松氏は外務省出身で、法制局勤務の経験はない。首相は集団的自衛権行使容認に向け、解釈見直し派の理論的支柱だった小松氏を送り込むことで、行使容認に向けた布石を打つ狙いがある」と報じています。
 内閣法制局は「法律(閣法)などを審査し、意見や修正を加え、内閣に上申すること」が職責です。法律などと憲法との整合性や憲法解釈の統一性を図るのが目的であり、時の内閣が憲法解釈をコロコロと変えては「法による支配」は実現できません。従って、内閣法制局は内閣から独立した立場で憲法解釈が出来る独立性が絶対に必要です。
 小松氏は、07年に「安保法制懇」の集団的自衛権行使容認の報告書の取りまとめにも深く関わっています。内閣法制局長官は、ナンバー2の次長が昇進するのが慣例です。その慣例を破って集団的自衛権容認派を充てるのは、96条改定と同様、明文改憲・解釈改憲への姑息な手段と言わなければなりません。

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(2013年8月11日入力)
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