「九条の会・わかやま」 321号を発行(2017年4月16日付)

 321号が4月16日付で発行されました。1面は、第34回「ランチタイムデモ」実施、統制は「国民の無関心による支持」の時に行われる(植松健一さん ①)、野党4党と市民連合 共通政策で一致、九条噺、2面は、「智慧」働かせよう 当会呼びかけ人・牧宥恵さん(画僧)  です。

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第34回「ランチタイムデモ」実施



 4月10日、その時満開になっていた桜の名所・和歌山城を横に見ながら、第34回「憲法の破壊を許さないランチタイムデモ」が実施されました。心配された雨も降らず、80人が参加しました。共謀罪反対の横断幕も2つに増え、参加者は和歌山市役所から京橋プロムナードまで、「戦争する国絶対反対」「共謀罪も絶対反対」などと訴え行進しました。  次回の第35回は5月15日(月)です。

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統制は「国民の無関心による支持」の時に行われる

 4月1日の「守ろう9条 紀の川 市民の会」第13回総会で立命館大学法学部教授(憲法学)植松健一さんが「安倍首相はなぜ憲法を変えたいのか」と題して講演をされました。その要旨を3回に分けてご紹介します。今回は1回目。

植松健一さん ①



 戦前、治安維持法で逮捕・投獄され、獄死した戸坂潤という唯物論哲学者がいた。治安維持法で自由主義的な学説までが取り締まられるようになった象徴的な事件である「天皇機関説事件」が起った1935年、戸坂は「憲法学に就いての一定の学的立場と学的解釈方法とをば、一個の行政府に過ぎない政府が公的に決定して之を施行するのだから、言論の自由と信教の自由とが全く制約される」と言い、法律の客観的解釈をしている作業を行政機関にすぎない政府が、突然誤っていたと言い始めるのは明らかに言論・思想・文化への統制だと批判した。同時に戸坂は言論・思想の「統制政策はいつも、国民のこうした一種の無関心による支持を見出し得る場合に限って容易に成功するのであり、或いはそういう無関心な支持を期待出来そうな場合だけを選んで、最も容易に発動するのである」とも言っている。世論がもっと怒ってもよいはずなのに、大きな批判にならないのを見て、国家権力が文化・思想・芸術などを統制してくるのは、国民の多くが自分は関係ないと無関心でいる時こそ、狙っていると言っている。これは、政府が長らく否定してきた集団的自衛権を、一内閣が突然閣議決定して肯定する現在の情勢に似ている。政府が権力批判をさせないという意味での統制が次第に世の中に蔓延する今の時代状況も気になるところだ。戸坂は、合わせて当時の映画、演劇などに対して、時の内務省、文部省が統制し始めており、しかも検閲とか弾圧とかでなく、各業界の中に自主的な組織、例えば、帝国美術院、文芸懇話会、活動写真連盟などをつくり、それが自主的に規制する動きが強まっていると言っている。文芸懇話会は1934年に内務省警保局長・松本学が文化統制を目的に一流の作家を巻き込んで創立した官民合同の文学団体で、戦争遂行の後押しを文芸の立場から行った。同じようなことが、2015年6月、自民党が芸術家を講師に招いて意見交換する勉強会「文化芸術懇話会」を作り、芸術家との意見交換を通じ「心を打つ『政策芸術』を立案し、実行する知恵と力を習得すること」を目的として行われている。「政策芸術」なるものは、ナチスやスターリン時代の国家が、国の政策遂行に芸術を利用するために、自分たちに近い芸術には資金を惜しみなく投下し、それに反する芸術は弾圧するということだが、知ってか知らずか、同じことを言っており、第1回の講師・百田尚樹が「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」などと発言し、問題となったものだ。
 共謀罪の問題も政府はテロ対策だとか言っているが、これも怪しい情報操作があり、もとの条約は国際的なマフィアなどのマネーロンダリングなどを国際的にコントロールできるように各国がやろうというものだ。日本は既に厳しくやっているし、いくつかの犯罪には予備罪も設定されている。殺人その他の犯罪は共謀共同正犯として共犯扱いされるケースもある。従って、共謀罪をやらなくても現行法で十分やれる。現にある法案整備だけで対応している国がたくさんある。英・仏・独でもテロ対策用の法律を作って監視していても、テロを防げていない。共謀罪は通信傍受やメールの監視をしなければ捜査は出来ないので、テロ対策よりもむしろ市民の監視の方が狙いだと見られている。警察や公安に監視されていることに私たちは不安を感じ、自分の行動が萎縮してしまう社会になっていく可能性がある。大分県の隠しカメラ事件のようなことが大手を振って行われるようになるのが共謀罪だ。相変わらず政府はそんなことには使われないと言っているが、戸坂が命を落とした治安維持法も導入された時の政府は、これはあくまで共産主義を狙いにしたもので、一般市民には直接関係のない法律だと議会で答弁している。だが次第に罰則も強化され、最高刑は死刑になり、適用対象もだんだん拡大し、やがて反戦思想、自由主義思想、宗教団体も弾圧されるようになった。まさに治安維持法は最初は危険でないと導入されたが、拡大していった歴史が今回の共謀罪に起こらないとはいえない。
 1934年に陸軍省新聞班が出した『国防の本義と其強化の提唱』には、今後の戦争は総力戦でないと勝てないという危機意識から、「科学的研究機関を統制し、合理化し、その能率を向上」「発明を奨励し、資金供給、研究機関の利用の道などを開拓し、特許制度の改善を行う」「民族特有の文化を顕揚し、ヨーロッパの文物の無批判な吸収を防止する」「智育偏重の教育を改め、訓育を重視し、かつ実際的教育を主とする」と述べている。これも現在の反知性に繋がってくるし、人文系ではなく実用性重視にも繋がってくる。2013年12月17日に安倍政権のもとで閣議決定された「国家安全保障戦略」の「防衛生産・技術基盤の維持・強化」「情報発信の強化」「社会的基盤の強化」「知的基盤の強化」は70年前にやろうとしていたこととほとんど同じだ。(つづく)

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野党4党と市民連合、共通政策で一致



民進党や共産党など野党4党は、市民団体、「市民連合」と、会合を開き、次の衆議院選挙で、安全保障関連法の廃止に加え、教育の原則無償化や、「原発ゼロ」を目指すことなどを共通して訴えていくことで一致しました。
 民進党、共産党、自由党、社民党の野党4党の幹事長・書記局長は、安全保障関連法の廃止を訴えている市民団体、「市民連合」のメンバーと、国会内で会合を開き、次の衆議院選挙で共通して訴える政策を協議しました。
 そして、安全保障関連法の廃止に加え、小学校入学前の就学前教育から大学までの教育の原則無償化や、「原発ゼロ」を目指すこと、それに、立憲主義と平和主義を脅かす憲法改悪の阻止などで一致しました。
 また会合では、共謀罪の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する法案について、「内心の自由を脅かすものだ」として、廃案を目指して、連携して活動を進めることも申し合わせました。
 民進党の野田幹事長は、記者会見で、「ことしは政治決戦の年だと思うので、緊密に連携を取りながら、安倍政権打倒に向けて全力を尽くしていきたい」と述べました。
 共産党の小池書記局長は、「来たるべき衆議院選挙で、野党と市民の共闘で安倍政権を追い込んでいく旗印を立てていきたい」と述べました。
(NHKニュース4月5日)

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【九条噺】

 「今年の流行語大賞は『忖度』で決まり」という声を聞く。森友学園問題ですっかり有名になった忖度だが、広辞苑によれば「忖」も「度」も「はかる」という意味で、「他人の心中を推しはかること」とある。もともと、忖度に良いも悪いもなかったのだろう。しかし、「役人が政治家の考えを忖度する」と言うと、すっかり悪いイメージになる▼古賀茂明氏は「官僚文化の中での忖度には、もう少し色がついている。忖度が問題となるのは〝筋悪の案件〟の場合だ」「忖度は、その対象となる人が、『表向きには言えないことを考えているはずだ』と読み取ることがカギになる。違法なことを『上司はそれを望んでいるだろうと推し量って行うこと』が忖度である。つまり、忖度は常に違法まがいの問題をはらんでいる」と言う▼「忖度の対象となる人は、自分の上司や自分の出世(目の前のことだけではなく、一生を通じての)に影響力を持つ人である。それは役人だけでなく、上司などに影響力を持つ政治家、業界関係者なども含まれる」と、忖度しないと上司ににらまれ、出世が遅れたり、道を閉ざされたりするからだとも言う▼忖度される側は「言わなくても分かるだろう」と〝悪〟の証拠を残さないようにする。忖度する側は「忖度に長(た)けて役人今の地位」(朝日川柳)である▼少なくとも、立法、行政、司法に関る世界では、きちんと文書で遣り取りし、文書管理と公開を徹底し、忖度文化を排除しなければならないと思う。(南)

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「智慧」働かせよう
当会呼びかけ人・牧宥恵さん(画僧)




 白(しら)を切る、それも政治権力を使って、である。これが安倍晋三首相と妻昭恵氏の姿である。この二人が絡んだとみられる森友学園問題を、一過性の「ワイドショー化」してはいけない。面白がってはいけないのだ。
 当事者の誰かがうそをつき、あるいは、うそでなくても何かを隠しているという事実があぶり出されても、官僚は公権力を駆使して忖度を言語化しない。時の政治権力におもねているのか、保身なのか、首相夫妻に「うまく処理しておきました」とだけ伝えれば満足のいくポストが待っているのか。だとすれば、何とも姑息な出世だ。
 森友学園問題は「?」の付く教育者に首相が同調し、深く考えることなく無自覚に職権を乱用してしまった、ということに尽きると思う。関係者の誰もが無意識のうちに与えられた権力を自分のものと勘違いし、今もその状態が続いている。
 ちなみに「権(けん、ごん)」は、両てんびんのはかりのこと。社会のバランスに作用する勢力や資格という意味もある。仏教語では臨時に力だけを持った様子(権大僧正など)。また仏・菩薩を導くためにその手立てとして仮の姿を取ること(権現)を指したりする。いずれにしろ、「仮に与えられる力」(=権力)と考えた。それが形となって見えるのが、警察官だけに許される警棒・拳銃(=公安権力)だ。拳銃を何のために使うのか、所持する警察官は深い自覚を持たねばならず、使う際には慎重さが求められる。
 権力を持ち、権限を与えられる人は細心の注意を払うべきだということを、首相夫妻は知らぬまま、今の地位に就いてしまったのだろう。そして権力を誇示し、抑制する能力もない。首相夫妻を擁護する人たちも、権力の持つ怖さや危機と感じないのなら同罪であろう。国民として一番怖いのはこの無自覚なまま、政治や行政が進められることだろう。
 安保法制や南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊部隊の日報問題も同根である。この国の将来に対する不安がよぎる。だからこそ、森友学園問題を面白がってはいけない。人々が表層的な事象だけしか見ない時代になってきている。深く考えなくとも何とかなりそうと考えるのは良くない。一人一人が「智慧(ちえ)」を働かせれば、次の国政選挙に、森友学園問題はかなり影響を与えるはずだ。
 なにはともあれ「実るほど頭の垂れる稲穂かな」と申し上げたい。桜咲く4月、元気に門出を迎える諸君に幸あれと願う。
(毎日新聞和歌山版4月4日)

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(2017年04月16日入力)
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