「朝日」社説 日米同盟の危うさを指摘(7月1日)

 小泉首相は任期最後の訪米で、ブッシュ大統領との間で日本の平和にとって見過ごせない危険な内容の共同文書に合意発表しました。
 以下に、その危うさを指摘した「朝日新聞」社説を引用します。

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日米首脳会談 同盟一本やりの危うさ

 「歴史上もっとも成熟した二国間関係の一つ」。小泉首相とブッシュ米大統領は、こんな手放しの表現で両国の強固な結びつきを称賛した。

 5年を超える長期政権を築いた首相にとって、良好な対米関係は政権を支える重要な生命線だった。イラク戦争でつまずいたブッシュ氏にとっても、「ジュンイチロー」は頼りになる友だった。

 今回の首相訪米は、そんな両首脳の蜜月関係のフィナーレである。言葉が踊りがちなのは仕方あるまい。

 両首脳は「新世紀の日米同盟」と題した共同文書を発表した。自由や民主主義などの普遍的価値観を共有する国同士として、共通の利益を追求していく。首相が突き進んできた同盟強化路線の到達点といっていいだろう。

●「蜜月」の高い代償

 日本防衛のための日米安保体制を、イランやイラク、核不拡散などさまざまな地域、課題で協力して対応する「世界の中の日米同盟」に変容させていく。その決意を表明したものだ。

 首相はこの5年、これまでの政権ならたじろいだであろう課題で、次々と思い切りのいい決定を下してきた。

 米英軍のイラク攻撃にいち早く支持を表明し、さらに自衛隊をイラクに派遣した。戦闘が続く外国に自衛隊を出すことには憲法上の疑義があるし、隊員の安全に不安もあったが、押し切った。

 フランスやドイツ、ロシア、中国など主要国の協調が得られなかったブッシュ政権にとって、この決断はありがたかったに違いない。

 米国は9・11テロのあと、世界中に展開する米軍の機能や配置を見直し、在日米軍基地についても再編を求めてきた。日本はこれに応じ、米軍と自衛隊の融合を進めることも受け入れた。

 米海兵隊の普天間飛行場の移転など、沖縄の基地負担軽減も道筋はついたが、代わりに3兆円ともいわれる代償を負うことになった。

●政治と軍事に一線を

 これで米政権との関係が良くならないわけがない。野党や世論の反対を含めて、高いコストを払って手に入れた「蜜月」であることを忘れてはなるまい。

 両首脳は、さきに合意された一連の米軍再編について「完全かつ迅速な実施」を確認した。

 日米安保条約は、日本防衛に米国が義務を負う見返りに、日本国内の基地を米国に提供する。その米軍基地は、極東の安定のためにも役割を果たす。これがそもそもの考え方である。

 それが冷戦の終結などに伴って、日本の防衛以外の役割の比重が高まり、安保条約が想定した「極東」という範囲にとどまらなくなってきた。湾岸戦争やイラク攻撃に在日米軍部隊が派遣され、主要な役割を果たした現実がある。

 今回の再編合意で、それがいっそう進められる。米軍の活動を支える存在として、自衛隊や基地の役割も強化される。

 日米は自由や民主主義という普遍的な価値を共有している。世界にはそんな両国の利益が一致する課題があることも事実だ。日本が世界で果たすべき役割は小さくないし、米国と歩調を合わせてこそ効果を上げられることもある。

 だが、そもそも安保条約は「日本防衛と極東」に限定した約束事だ。

 この領域を超えて両国が政治的、外交的に協調するのはもちろんあっていい。たとえば、イランの核問題の解決や国際テロの防止のために、日米が力を合わせて取り組むことに異論はない。

 しかし、軍事で協力するとなると話は別だ。どのテーマで、どこまで協力していくのか。とりわけ軍事的な要素が絡む問題ではそこを明確にする必要がある。

 政治的な協調にしても、無条件ではないはずだ。イラク戦争のとき、同盟国の独仏は異を唱え続けたではないか。

●靖国とグアンタナモ

 首相は首脳会談で、靖国神社参拝の問題について持論を繰り返した。自由や民主主義を掲げた新世紀の同盟を語る場だったのに、日本が民主主義とは遠かった時代から重い荷物を引きずっていることを浮き彫りにしてしまったのは笑えない皮肉である。

 米国内でも、首相の靖国参拝を批判する声が目立っている折、とても説得力を持ったとは思えない。ましてや中国や韓国がこの首脳会談での言葉をどう受け止めただろうか。

 対米関係はもちろん重要だが、それを多角的な外交戦略の土台に生かしてこそ、強みが発揮される。米国との同盟一辺倒の印象を振りまいたことは、日本外交の幅を狭めてしまったのではないか。首相が気づかないのは残念である。

 一方で米国ではこの日、キューバのグアンタナモ米軍基地に収容されているテロ関連の拘束者の扱いをめぐって、連邦最高裁が大統領に厳しい判決を下した。ブッシュ氏は首相が傍らに立つ共同記者会見で、その弁明に追われた。

 「テロとの戦い」という名目はあっても、大統領が憲法を逸脱することは許されない。日米共通の価値として「人権」や「法の支配」を共同文書でうたった日に、そんな判決があったのもこれまた歴史の皮肉である。

朝日新聞 2006年7月1日 社説

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(2006年7月4日入力)
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