【社説】 (朝日新聞 2008年1月12日)
給油新法成立―禍根を残す自衛隊再派遣
衆参ねじれ国会で最大の焦点となっていた給油再開問題が決着した。海上自衛隊がインド洋へ派遣され、来月中旬にも外国の軍艦に燃料や水を供給する活動を再開する。
自民、民主両党の「大連立」話が降ってわいたり、会期を越年させたりと予想外の展開が続いた。幕引きも、半世紀ぶりという極めて異例のものとなった。
憲法は、いくつかの点で参院に対する衆院の優越を認めている。しかし、参院の意思を正面から否定する再可決の手法は、いわば非常手段だ。自衛隊を海外に派遣するという、慎重な上にも慎重を期さねばならない問題でこれが使われたのはなんとも遺憾である。
■文民統制が揺らぐ
福田首相は「これで国際責任が果たされる」とひと安心だろう。だが、日本の外交や自衛隊の将来を考えると、禍根を残す決着だったと言わねばならない。
まず、これまでの法律にあった国会承認の規定が消えてしまったことだ。自衛隊の動かし方は国会が厳重にチェックする。これが文民統制の原則なのに、おろそかになる危険がある。
派遣期限は1年間で、活動内容も給油・給水に絞った法案だから、これを可決すること自体が国会承認に等しい。そう政府は言う。でも、国会が重ねて吟味する意味は大きいはずだ。
そもそも、参院で多数を失い、承認を得られそうにないから国会承認の規定をはずしたのではないのか。国会をバイパスする前例にならないか心配だ。
次に、補給再開の是非はともかく、その業務を担当する自衛隊、防衛省に国民が深刻な不信を抱いていることだ。
ちょうど1年前、防衛庁は防衛「省」に昇格した。安全保障政策の責任体制をより明確にし、国民の期待に応えようという目的だった。だが、どうだろう。
■世論を説得できたか
省内で「天皇」とまで呼ばれた前事務次官の、業者とのずぶずぶの癒着が明らかになった。軍需産業と役所や族議員との不透明な関係、給油量の報告をめぐる情報隠蔽(いんぺい)などもあった。
隠蔽された情報は、日本が提供した燃料がイラク戦争に転用されたかどうかにかかわる重大なデータだった。その転用疑惑はまだ晴れないし、防衛利権の闇も未解明のままだ。
この組織に日本の防衛や国際貢献活動を委ねて大丈夫なのか。疑念がぬぐえないまま、対米配慮でしゃにむに突き進んでも、世論が納得しないのは当然だ。
当初、政府・与党内には、採決で「3分の2」を使うならば、世論の賛成が6割ぐらいはほしいという声があった。だが、給油新法の支持は低迷し、最終局面でも反対が賛成を上回っていた。
自民党の重鎮だった故後藤田正晴氏は、第1次湾岸戦争の際、当時の海部内閣が法律ではなく政令で自衛隊機を海外派遣できるようにしたことを批判し、のちにこう回想した。
「野党が『うん』と言わず、日本はできないとなったら、議会制民主主義のもとで、国民が反対しているものをやれますか、と外に向かって言えばいい」
「やれないときはそれでいい。権道を歩くのではなく正道を歩むべきである」(『支える動かす 私の履歴書』)
そのときも、参院の主導権を野党に握られたねじれの時代だった。今回は法律に基づく派遣なので構図は異なるが、自衛隊を海外に出す際に国民の合意を重んじる考え方は、今も通用するものだ。
戦前、軍隊が国を誤り、多大な犠牲を国民や周辺諸国に引き起こした苦い経験を踏まえた知恵だろう。
私たちも、テロをなくすための活動に日本も協力すべきだと考える。インド洋での給油も選択肢のひとつかもしれない。これを頭から「違憲」と決めつける小沢民主党代表の論法は乱暴にすぎる。
ただ、給油活動はすでに6年になる。「テロとの戦い」は各地で行き詰まり、犠牲も続く。このやり方を続けるべきなのか、ほかの方法はあるのか。立ち止まって考えるべき時ではないのか。
■合意作りをやり直せ
野党が参院で多数を握ったいまは、その絶好の機会であったはずだ。スペインやイタリアなど、選挙による政権交代で協力のあり方を転換した国々も少なくない。日本も、9・11同時テロ以後にやってきた政策を見直し、何を続け、何をやめ、新しく何を始めるのか、ねじれ国会がもたらす緊張感と透明性のなかで議論すべきなのだ。
航空自衛隊が活動を続けるイラクはどうするのか。米国のイラク戦争を日本が全面支持したことを政府はどう総括するのか。民生支援などアフガン国内への協力をもっと強化できないのか。
2度の会期延長で4カ月余にわたったこの国会で、そうした論議が深まらなかったのは政治の怠慢である。
「対米協力」「国際責任」からとにかく給油を再開したいという政府・与党のかたくなな姿勢は、外交の思考停止に近いものだった。「ねじれ」時代の新しい政治の進め方を探らない限り、通常国会で再び行き詰まるのは明らかだ。
民主党も、小沢代表の「違憲」見解が出た以後は思考停止に陥ったかのようだった。対案を示し、政策を競ってこその2大政党なのに、まともに政策協議をしようとしない態度は納得しがたい。
インド洋へ向かう自衛隊員たちには気の毒なことになった。国民の代表である国会の意見が割れたままなのだから。
「テロとの戦い」に日本としてどう取り組むのか、政治はより広い合意づくりを急がねばならない
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