毎日新聞 2015年4月28日
新日米防衛指針 国民不在の「安保改定」
これは自衛隊が米軍に世界規模で協力するという約束である。日米両政府は、自衛隊と米軍の役割分担を定めた新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)をまとめた。自衛隊の海外での活動は飛躍的に拡大し、日米安保体制は極東の範囲を超えて世界に広がる。国会を素通りして日米安保条約の改定に等しい大転換が行われることは同意できない。
ガイドラインは冷戦下の1978年、旧ソ連の日本侵攻に備えて作られた。冷戦終結後の97年には朝鮮半島有事などの周辺事態を想定して改定された。18年ぶりの再改定となる今回は、中国の海洋進出や軍拡への対応を意識し、地理的制約が取り払われた。協力範囲は世界中に拡大し、宇宙やサイバー空間にも及ぶ。
◇食い違う双方の思惑
再改定を提案したのは日本側だ。
オバマ政権は、アジア重視の「リバランス」(再均衡)政策を掲げるが、米国の力は相対的に低下している。中国は東シナ海や南シナ海で海洋進出を活発化させている。
日本側は「このままでは日本を守れない」「いざとなったら米国に守ってもらえないかもしれない」と考えた。そのため集団的自衛権の行使容認など安保法制の整備によって自衛隊の活動を拡大し、米国をアジアに引き付けようとしている。
この提案は、米国には渡りに船だった。米国は財政難で国防予算を削減している。日本、豪州、韓国など同盟国との協力強化や、同盟国同士の多国間協力により、米国の負担を肩代わりさせたいと考えたからだ。
同盟強化では一致しているものの、双方の思惑は微妙に食い違う。
今回、日米の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)がガイドラインにあわせてまとめた共同文書には、沖縄県・尖閣諸島は日本防衛義務を定めた日米安保条約5条の適用範囲と明記された。ガイドラインには尖閣諸島を念頭に「島しょ防衛」が盛り込まれた。
それでも現実に尖閣周辺で日中に不測の事態が生じた場合、米国が日中間の争いに介入するかは、その時にならなければわからない。日本が米国を引き込むために自衛隊の活動をいくら拡大しても、米国が日本の期待通りに動く保証はない。
一方、米国は自衛隊が将来、南シナ海で米軍と共同で警戒監視を行うことに期待感を示す。だが、自衛隊が南シナ海にまで活動を拡大することが日本の力に見合ったものなのか、地域の安定や日本の国益につながるのか、国民の理解はあるのか、政府は冷静に判断すべきだ。
新たな安保法制の法案は5月中旬に閣議決定され国会に提出される予定だが、ガイドラインはすでに新法制の内容を反映している。
周辺事態という地理的制約は取り払われ、平時から緊急事態まで切れ目のない日米協力や、グローバルな日米協力が強調されている。
日本、朝鮮半島、台湾海峡の有事にとどまらず、東シナ海、南シナ海、インド洋、中東までのシーレーン(海上交通路)を中心とした世界各地の緊急事態を視野に入れている。
「日本の平和及び安全の切れ目のない確保」の項目では、(1)武力攻撃に至らないグレーゾーン事態を含む平時(2)地理的制約なしに後方支援が可能な重要影響事態(3)日本が武力攻撃を受けた事態(日本有事)(4)他国が武力攻撃を受け集団的自衛権の行使が可能な事態(5)日本での大規模災害‐‐での協力がずらりと並ぶ。
◇一層進む軍事の一体化
ガイドラインの文書には集団的自衛権の言葉は直接、登場しないが、行使を認める際の要件が明記され、具体的な作戦として、シーレーンの機雷掃海、弾道ミサイルの迎撃、艦船防護、強制的な船舶検査(臨検)などが例示された。米国に向かう弾道ミサイルを自衛隊が迎撃することが、憲法9条で認められた武力行使の範囲内と言えるのだろうか。
有事に設置する日米の協議機関を平時から常設することも決まり、日米の軍事一体化がさらに進む。
日米安保条約は5条で米国の日本防衛義務を、6条で日本と極東の平和と安全のために日本が米軍に基地を提供することを定めている。
ガイドラインが日米安保条約の極東の範囲を超えていることは明らかだ。政府は、ガイドラインの中核は日本防衛で、それを超えるものはオプションであって、安保条約の枠組みは変わらないというが、オプションというレベルではない。国会で安保改定の手続きを踏まずに、実質改定するようなものだ。
ガイドラインは協力の枠組みを定めたもので法的拘束力はないと政府はいうが、現実には対米約束となる。本来は憲法があり、日米安保条約があって、そのもとにガイドラインと、現実に自衛隊を動かすための安保法制が車の両輪として存在するはずだ。まるでガイドラインと安保法制が憲法や安保条約の上位にあるかのようだ。
しかも安保法制の法案が国会で審議される前に、ガイドラインが日米で合意され既成事実化するのは、順番が逆だ。これでは、際限なく自衛隊と米軍の一体化が進むことになる。国民を置き去りにした安保政策であってはならない。
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