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東奥日報(青森) 社説 2014年02月23日

閣議で解釈改憲は危うい/集団的自衛権

 安倍晋三首相は20日の衆院予算委員会で、集団的自衛権の行使容認をめぐる憲法解釈に関し、「内閣が決める」と答弁し、決定前の国会提示を拒んだ。
 二つの意味で極めて危うい。一つは「立憲主義の形骸化」、いま一つは実質的な「戦争放棄の放棄」という意味においてである。
 集団的自衛権は国際法でその権利を認められているが、日本国憲法9条の定める必要最小限の自衛権の範囲を超えているため行使できないとするのが、歴代政府の解釈である。
 憲法は国の最高法規であり、安定性が求められる。政権交代のたびにころころと解釈を変えられるようでは、法治国家ではなくなる。まして憲法9条は、日本が戦後69年間営々と築いてきた「平和国家」としての在り方に関わる。軽々な解釈変更は許されない。
 無論、政府の憲法解釈変更があらゆる条項について完全に不可能なわけではないが、改憲に高いハードルを設けた制度設計からすれば、解釈変更には慎重さ、謙虚さが幾重にも求められる。少なくとも真正面からの国会論議が不可欠だ。
 首相は「国際協調に基づく積極的平和主義」を掲げているが、その国際協調は同盟国、友好国との協調であって、事実上は日米同盟の強化を想定する。
 6日の参院予算委員会でも首相は、公海上で攻撃を受けた米艦船を自衛隊艦船が防護しなければ「日米同盟へのダメージは計り知れない」と述べている。
 その論理でいくと、イラク戦争のように大義名分の疑わしい戦争、日本の防衛とは直接関係のない地域でも、アメリカの協力依頼を断ることは難しい。  集団的自衛権の行使が可能になれば、自衛隊が海外で武器を使う。同盟国軍を守るためだろうと、海外で武器を使えば国際法上は武力行使と見なされ、相手は日本を敵国として攻撃してくる。その時点で「防衛」ではなく「戦争」になる。日本は戦争当事者になり、憲法9条による「戦争放棄」は完全に空洞化する。
 憲法を解釈変更で空洞化することは、違憲の可能性が濃厚だ。だからこそ、歴代の自民党政権は正攻法で改憲を目指してきた。ところが安倍首相は、改憲が思うように運ばないから、閣議決定を先行させて解釈改憲を既成事実化することで打開しようとしている。まるで裏口突破だ。
 日本が専守防衛の「平和国家」の看板を下ろせば、アジアの緊張をかえって高め、「積極的平和主義」どころか軍拡競争の火に油を注ぎかねない。
 その重要問題の議論を、首相自身の熱意で設置し、自身と理念を共有する安全保障に関する有識者懇談会(安保法制懇=座長代理・北岡伸一国際大学長)だけに委ねるのはおかしい。
 国会どころか与党すら蚊帳の外に置いているのだから、自民党内からも批判が噴出するのも当然だ。「平和の党」を旗印とする公明党と協力し、首相の独走を止め、議論を国会の場に引きずり出すべきだ。