南スーダン・自衛隊PKO派遣に反対し、即刻撤収することを要求する憲法研究者声明

わたしたち憲法研究者は、安倍内閣が自衛隊の南スーダンPKO活動に対して新たに付与した「駆け付け警護」と「宿営地の共同防護」任務は、日本国憲法第9条で禁止された「武力の行使」に当たると考えます。それゆえ、わたしたち憲法研究者は日本政府に対し、以下の理由から自衛隊を南スーダンPKO活動から即刻撤収させることを要求します。

(1)安倍内閣の「積極的平和主義」(proactive contribution to peace)の危険性

安倍内閣は2014年7月1日の閣議決定で、自衛隊発足以来60年間維持されていた憲法解釈を変更しました。その閣議決定に基づき、2015年9月19日には、いわゆる「安保関連法」が強行的に制定されました。「安保関連法」は、安倍内閣のいう「積極的平和主義」(proactive contribution to peace)に依拠しています。これは、軍事力によって軍事力をおさえるものです。そうした「積極的平和主義」が、日本国憲法が依拠する平和主義とは全く考えられません。最近のアフガン戦争やイラク戦争をみても、「武力で平和はつくれない」ことは事実が証明しています。

(2)「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(いわゆる「PKO法」)の危険な改正

そもそも1992年6月にPKO法が制定された時、PKO活動の変質(米ソ冷戦前は北欧やカナダなどが原則非武装で、派遣国の停戦・受入合意がある場合にPKO活動を行っていましたが、冷戦後はアメリカなどの大国が重武装で、しかも派遣国の停戦・受入合意がない場合でもPKO活動を実施するようになりました)と参議院決議(1954年の「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」)、憲法との関係(自衛隊をPKO活動に「派遣」するのは憲法第9条違反という議論)から、当時の野党は国会で牛歩戦術や議員の総辞職願いの提出までして抵抗したほど議論がありました。

国会外でも市民集会、デモ、ハンストなどが行われ、その後、1992年10月提訴のカンボジアPKO違憲訴訟と1996年1月提訴のゴラン高原PKF違憲訴訟という違憲訴訟も行われました。

そのため、政府・与党もPKO法を制定したものの、こうした根強い反対を無視できず、PKO法に基づく参加に際しての基本方針として5原則(①紛争当事者間での停戦合意の成立、②紛争当事者のPKO活動と日本のPKO活動への参加の同意、③中立的立場の厳守、④上記原則が満たされない場合の部隊撤収、⑤武器使用は要員の生命等の防護のために必要最小限のものに限定)を定めました。自衛隊のPKO活動はあくまで復興支援が中心で、武器使用は原則として自己を守るために限定し、派遣部隊も施設部隊が中心でした。

ところが2015年9月に強行採決された「安保関連法」では「PKO法」も改正され、2016年3月29日に施行されました。この改正PKO法を根拠として、安倍内閣は今年11月に南スーダンへ「派遣」された青森駐屯地の陸上自衛隊第9師団第5普通科連隊を中心とした部隊に、NGO職員などの救出を行う「駆け付け警護」と、国連施設などを他国軍と共に守る「宿営地の共同防護」の任務を付与しました。他国PKO部隊員の救出は、11月15日の政府の「新任務付与に関する基本的な考え方」では「想定されない」としたものの、法制度上は想定されています。

(3)内戦状態の南スーダンへの「派遣」で自衛隊員の生命をおろそかにする安倍内閣

今回の南スーダンPKO活動への「駆け付け警護」と「宿営地の共同防護」任務の付与は、「安保関連法」に基づいて初めて自衛隊が活動することを意味します。

ところが南スーダンでは、今年7月に大統領派(政府軍)と前第1副大統領派(反政府勢力)との間で大規模な戦闘が発生しました。この戦闘ではPKO部隊への攻撃も発生し、中国のPKO隊員と国連職員が死亡しています。結果として270人以上の死者が出ています。国連安保理は、8月にアメリカ主導で南スーダン政府を含めたいかなる相手に対しても武力行使を認める権限を付与した4000人の地域防衛部隊の追加派遣をする決議案を採択しましたが、この決議に対しては南スーダンの代表自体が主要な紛争当事者の同意というPKOの原則に反しているという理由で当初は反対し、ロシアや中国なども棄権しています。10月も大統領派と前第1副大統領派との間での戦闘が発生、1週間で60人もの死者が出ました。こうした南スーダンの状況は、とてもPKO参加5原則を満たしているとは言えません。

また、こうした状況で自衛隊が「国家又は国家に準ずる組織」である政府軍又は反政府軍に対し、任務遂行のための武器使用に踏み切れば、憲法第9条で禁止された武力行使にあたります。

したがって、本来であれば自衛隊のPKO部隊は撤収しなければなりません。ましてや「駆け付け警護」と「宿営地の共同防護」任務を付与し、自衛隊員を殺し殺される状態に置き、違憲の武力行使を行わせるなどもってのほかです。

11月15日の閣議決定がわたしたちに教えているのは、「安保関連法」を進めた人たちが、自衛隊員の命を大事にしようとしていないということです。自衛隊員の命を大切にするのであれば、実質的に内戦状態にある南スーダンから自衛隊を撤退させるはずです。ましてや戦闘に巻き込まれる可能性の高い「駆けつけ警護」と「宿営地の共同防護」任務を付与するはずがありません。今回、政府が派遣された自衛隊に「駆け付け警護」と「宿営地の共同防衛任務」を付与するという決断をしたことは、たとえ自衛隊員の命に危険が及ぼうとも、軍事力で軍事力を抑えることで成り立つ「平和」の構築の実績作りを優先する、安倍政権と「安保関連法」の危険な本質を明確に示すものです。

(4)必要なのは憲法による真の「積極的平和」(positive peace)の実践

日本国憲法は、前文と第9条によって軍事力によらない国際平和を希求しています。特に、従来、平和学や憲法学でいわれてきた「積極的平和」(positive peace)の追求は、単に戦争など物理的暴力の解消を目指すだけでなく、国内外の社会構造による貧困・飢餓・抑圧・疎外・差別などの構造的暴力のない状態を積極的に作り出すものです。こうした「積極的平和主義」の考え方は、日本国憲法前文の「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」の部分に明確に表れています。

この立場こそ、本来の意味での平和主義の名にふさわしいものであり、日本国憲法をもつ日本政府は、「全世界の国民」に戦争と貧困のない状態の実現のために努力しなければなりません。南スーダンの現状において日本政府ができる支援は、自衛隊のPKO参加ではなく、文民の派遣や教育支援、社会インフラ整備などです。そういう努力をせず、自衛隊に「駆け付け警護」と「宿営地の共同防護」任務を付与する政府に対し、わたしたちは、憲法を守れと主張すべきと考えます。

(5)南スーダンからの自衛隊の撤収と憲法違反の「安保関連法」の廃案廃止を

現在、自衛隊員は安倍内閣の誤った判断により、加害者にも被害者にもなる危険性の高い任務を遂行することを強いられています。これは、日本国憲法の平和主義とは矛盾する「安保関連法」が全面的に発動されたときの日本国民全員の姿と重なるものと思えてなりません。わたしたちは憲法研究者として、そのような不幸な未来への第一歩となる南スーダンPKO活動への「駆け付け警護」と「宿営地の共同防護」任務の付与に強く反対します。そして日本政府に対し、自衛隊を南スーダンPKO活動から即刻撤収させることを要求します。

さらには、自衛隊員の生命を危険な状況にさらすことになる法的根拠が、改正PKO法を含む「安保関連法」であり、「武力の行使」を禁じた憲法に反する法律である以上、憲法違反の「安保関連法」の廃止も強く要求します。

2016年12月9日

声明事務局:飯島滋明(名古屋学院大学教授)、石川裕一郎(聖学院大学教授)、上脇博之(神戸学院大学教授)、清水雅彦(日本体育大学教授)、成澤孝人(信州大学教授)

【賛同者】
愛敬浩二(名古屋大学教授) 青井未帆(学習院大学教授) 麻生多聞(鳴門教育大学准教授) 足立英郎(大阪電気通信大学名誉教授) *飯島滋明(名古屋学院大学教授) 飯野賢一(愛知学院大学教授) *石川裕一郎(聖学院大学教授) 石埼学(龍谷大学教授) 石村修(専修大学教授) 稲正樹(国際基督教大学元教員) 井端正幸(沖縄国際大学教授) 今関源成(早稲田大学教授) 岩本一郎(北星学園大学教授) 植野妙実子(中央大学教授) 植松健一(立命館大学教授) 植村勝慶(國學院大學教授) 右崎正博(獨協大学教授) 浦田一郎(明治大学教授) 浦田賢治(早稲田大学名誉教授) 榎澤幸広(名古屋学院大学准教授) 榎本弘行(東京農工大学専任講師) 江原勝行(岩手大学准教授) 大田肇(津山工業高等専門学校教授) 大野友也(鹿児島大学准教授) 岡田健一郎(高知大学教員) 岡本篤尚(神戸学院大学教授) 奥田喜道(跡見学園女子大学助教) 奥野恒久(龍谷大学教授) 小栗実(鹿児島大学教員) 小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授) 片山等(国士舘大学教授) *上脇博之(神戸学院大学教授) 河合正雄(弘前大学講師) 河上暁弘(広島市立大学准教授) 川畑博昭(愛知県立大学准教授) 木下智史(関西大学教授) 清末愛砂(室蘭工業大学准教授) 久保田穣(東京農工大学名誉教授) 倉田原志(立命館大学教授) 倉持孝司(南山大学教授) 小竹聡(拓殖大学教授) 小林武(沖縄大学客員教授) 小林直三(名古屋市立大学教授) 小松浩(立命館大学教授) 近藤真(岐阜大学教授) 斉藤小百合(恵泉女学園大学教授) 坂田隆介(立命館大学准教授) 笹川紀勝(国際基督教大学名誉教授) 笹沼弘志(静岡大学教授) 澤野義一(大阪経済法科大学教授) 沢登文治(南山大学教授) 志田陽子(武蔵野美術大学教授) *清水雅彦(日本体育大学教授) 鈴木眞澄(龍谷大学教授) 髙佐智美(青山学院大学教授) 高橋利安(広島修道大学教授) 高橋洋(愛知学院大学教授) 高良沙哉(沖縄大学准教授) 竹内俊子(広島修道大学教授) 竹森正孝(岐阜大学名誉教授) 多田一路(立命館大学教授) 只野雅人(一橋大学教授) 千國亮介(岩手県立大学講師) 塚田哲之(神戸学院大学教授) 寺川史朗(龍谷大学教授) 内藤光博(専修大学教授) 中川律(埼玉大学准教授) 中里見博(大阪電気通信大学教員) 中島茂樹(立命館大学名誉教授) 永田秀樹(関西学院大学教授) 中富公一(岡山大学教授) 長峯信彦(愛知大学教授) 永山茂樹(東海大学教授) *成澤孝人(信州大学教授) 成嶋隆(獨協大学教授) 丹羽徹(龍谷大学教授) 根森健(神奈川大学教授) 濵口晶子(龍谷大学准教授) 福嶋敏明(神戸学院大学准教授) 藤井正希(群馬大学准教授) 船木正文(大東文化大学教員) 前原清隆(日本福祉大学教授) 松井幸夫(関西学院大学教授) 松原幸恵(山口大学准教授) 水島朝穂(早稲田大学教授) 三宅裕一郎(三重短期大学教授) 宮地基(明治学院大学教授) 村田尚紀(関西大学教授) 本秀紀(名古屋大学教授) 森英樹(名古屋大学名誉教授) 安原陽平(沖縄国際大学講師) 山内敏弘(一橋大学名誉教授) 山崎英壽(都留文科大学非常勤講師) 横田力(都留文科大学教授) 若尾典子(佛教大学教授) 脇田吉隆(神戸学院大学准教授) 和田進(神戸大学名誉教授) 渡辺治(一橋大学名誉教授) 渡辺洋(神戸学院大学教授) 渡邊弘(鹿児島大学准教授) 他匿名希望1名 以上計101名 *は事務局